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大洋ボート

逃亡

きみがやろうと言ったから
やったまでだ
しかしこんなにきついとは思わなかった

正直に云うと
逃げたいなあ
その欲求は表には出せないけれど
水のように鳥のように
喉元に溢れかえる
自己抑制もまたたたかいではあると云うけれど
限界に逢着している
肉体的スタミナには余裕はあっても
逃げたいな
都合よく逃げられればいいな

きみは何故一言も語らないのか
おれと同じように進退窮まったのか
少しは慰めてくれたっていいじゃないか
おれと同じようにそんな余裕もないのか
それならそうと合図でもしてくれ
弱音を吐いたっていいじゃないか
きみがやろうと言ったのだから
きみが変更に舵を切ればおれも安心して従うよ

きみはおれよりも頭脳明晰で
一歩も二歩も先に行っているとおれは見做していたので
きみの勧めを例によって無前提に受け入れた
餌にぱくつくように受け入れた
楽天家を旨として受け入れなければならなかったのだが
天罰というのじゃないが

おれたちの一挙手一投足を監視し
篩にかけ且つ切り刻んでいる残酷な眼がある
血が連続的ににじみ出す小さな痛みがある

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    12:00 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

ある裏切り

わたしは何処へ向かうのか
人々は心配しハラハラもするだろうか
だが心配は要らない
裏切りの用意は腹の底に隠していて
いざとなればあっさりとやるだろう

人々はわたしの困惑を見透かしている
ただ何を抱懐しているのかまではわからないだろう
わたし自身にだってわからないのだ
ただ裏切りの誘惑にがむしゃらに
反抗することに魅力を感じてしまう

吐き出される既存の言葉の裏側のわたし
欺瞞と虚偽と横柄と
悪事へと少しずつ頭蓋の箆を挿入していく
わたしは何処まで身をもってできるんだ
時間が下り坂を刻むなかでの醍醐味

言葉が無効だからかえって際立つ謎の存在
言葉では輪郭さえもましてや
実体さえも捉えきれない親し気にふるまう「存在」
わたしの反抗を嘲笑しながらも庇後するかのようで
裏切りの後々までも追跡してきそうだ

    09:36 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

非反抗

  熱湯さながらの夏の夜の酷暑は汗と埃と倦怠ばかりを皮膚に堆積するのではない 汚濁と堕落と謎めいた灰白色をも堆積し貼りつけるのだが 反抗はそっぽ向いたように健全なままだ 反抗の真っただなかにわたしはいるのだが反抗を造ったのはわたしではないという意識がつきまとう 反抗にも既存の体系と形式があって頑として存在を主張するのだから わたしが勝手に壊すことなどできないという遠慮と諦念がつきまとう 所詮わたしの反抗なるもの付和雷同の類に過ぎないのではなかったのか 引き下がる用意も苔のようにじわじわ蔓延り育ってくる ましてや反抗の詳細やそれがもたらすところの全世界的利益について思い出したようにわたしがにわかに考究を開始するポーズをとるとするならば それこそいまだに膠のように反抗における目標にべったり付着していることの裏返しに過ぎないのではないか もはやわたしはわたしが「反抗」なるものの既存の形式にもとづいてやってきたこと これから全く同じやりかたで同じように緩慢にときには非情と武器をもちいてやろうとすることに対して関心の新鮮さを投射しつづけることが急速に困難になりつつある 厭気がさし減退しつつあるのだ
  汚濁と堕落と謎めいた灰白色は引き摺りこまれるわたしの危機である 死の世界に首を突っ込む 少なくとも接近する そうしたものへと誘う存在が この酷暑の夜のすぐ傍ににたにた笑って待ち構えている気がするが何故か近づけない 怯む気が無いとは云えないがそればかりではない その方法とやらが知りえないし もしかすると何もない時空にあたかも重大喫緊の存在が錯覚として揺らめいているのに過ぎないのかもしれない との疑念も生ぬるい風とともに引き寄せられ濡れた海草に頬を撫でられる 考究不能の難題を科せられるようで怖気づくが 反面開始してみたい魅惑でもある 一転して夏の夜のはるかな地平線を眺めてみたいと想うのは感傷に過ぎないのか 
    13:27 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

部屋

ふりかえらず
意識しないことを意識し
意識しないことを意識せず

簒奪した部屋
泥水で傾いた部屋
瓦礫と生ゴミで足の踏み場もなく

捨てられたレインコートの脹らみ
斧の背骨が持ち上がり直立しようとする
轟音と火花

わたしはふりかえらず
わたしは背中を意識する
霞に蔽われたとおくの山々が切り刻まれる

ふりかえれば
内臓を裏返しした中心部と直面しなければならない
涙と告白を強いられる

だれも気づかない
好奇心旺盛な見物者の群れには
慣れっこになった不遜の笑みを返す

遊び気分の擦り切れた
うすぎたない無精髭と汗の
わたしは硬直するしかない簒奪者

意識しないことを意識し
意識しないことを意識せず
終末劇をもてあます
    11:53 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

  夜の路上にぽつんと燈るいくつかの火。執念とはいえ貧弱に過ぎるがやはり執念の欠片くらいは内包している火。紙の上の隅々にまで燃え広がってわたしを暫しかき立て、泥の海にさらに拡がりを見せるある種壮大さの見せかけ。少しは誘惑の方法を工夫したのか、わたしのなかの大部分は切り取られてなお残存する腫瘍の同一器官の延長部の未腫瘍の無垢をそそのかしにくる。
  空白を埋めようとしたのだ。牡蠣の身のような薄白さの光沢に惹かれ、やさしく待ち受けてくれて佇立しているように見えた空白、ときにはいやらしい薄笑いの裏に重大な秘密の種を抱え込んでいるように見えた空白。かかる空白は彼岸に貌を覗かせていたが、わたし自身のふわふわした地に足の着かない、無為と倦怠をもてあますような空白とも対応するのではないかとわたしの性急な思考は断定してしまい、追求した。義理やら思想やら悪徳やらの厚着を着込むことにも狎れ合いながら、それら穴だらけであることの自覚症状をも覚えながら、追求した。追求する姿勢を自他に見せつけることが自己目的で、それを維持し拡大することで全てが解決されるなんて高を括って。しかし高を括ることにも全面的に自信や確信があったのではない。おどおどしたり興奮したりしながら、相変わらずの空白を抱え込んでいたのであるから、空白は単に滑りのよい車輪だったといえる。
  そうだ、わたしは与えられたちっぽけな自由に図に乗って殻をつくり、それをほんの少し離陸させたりほんの少し膨らせたりしていたに過ぎない。その運動総量のなかにときたま出現する苛烈な部分に耐えきることに過剰に意義を付与したのかもしれない。
  火は自爆を強烈に懇請してきた。習性習慣狎れあいにあと一滴油を注げというのだ。点火せよというのだ。獣皮や油の燃える焦げ臭い匂い、神秘の火。目的も効果もなにもない、確信を偽装せよという。それをもはや為してしまった人々、彼岸に安住し充足する人々の群れに加われという。寂しさが紛れるという。あっけないほど簡単に見え、魅惑を覚えるのは正直なところだ。そうすればわたしは確かに変わるのだろう。どんな風に変わるのかは今は詳らかには見渡せないが、やってしまえば直ちに体得できるのだ。彼等はわたしの重要な部分である。いまだ着手せざる「自己」である。一時は同じ方向を見据えるのだから、自己は拡張しつつ集団と同一化し、集団の行動が自己の意志した行動となる。彼等はわたしを特異な人としてのみならず、一個の人としても見ないだろう。彼等にとってもまたわたしは彼等の自己の拡張した姿であるから、彼等の自己を見るのと同一だから顔かたちの表層の違いをわたしに見るに過ぎないだろう。それでいいのか。拡張した自己と集団との間に齟齬や空隙はほんとうに無いのか。わたしのなかの拡張した自己と凡庸である種素直な自己とは同一ではないとして、義理やら思想やら悪徳やらの上辺ではなく、どんな心棒でさらに押し込んでいけばいいのだろうか……。それら愚痴とも見える疑念はひ弱さである。わたしはさらに強靭でなければならないのだ。絶えず火を引き寄せ呑みこむことで問題は解決し、わたしは解放される。
 わたしは疲れてなどいなかった。あこがれは無傷だった。切り取られた腫瘍の同一器官の未腫瘍の部分の無垢はいまだ光を放っていた。路上に燈る貧弱な火のいくつかがわたしのその部分に着目し、親近感でもって密着してきた。わたしは笑った。核心を鷲づかみされた気がしてにんまりした。不遜が復活した。それはわたしにとっての小さな記念碑だった。わたしはほんの気紛れによる逃亡を自己に許してしまったひ弱な人間であったが、一時的な中断としてそれを認めたくなかった。排除したかった。自己のもっとも高揚した部分を忘れたくなく、保存して引き継ぎたかった。それをあくまで記憶の次元に留めおくのか、それとも火との再合流を果たすのかという選択については暫らくは曖昧だった。もしも前者を選びつづけるとしたならば膨大な「非自己」がのしかかってくることは必定で、それまで直面したことがない醜悪さにもずぶずぶに塗れ呑みこまれるにちがいなかったが、わたしはそれを予想することすら嫌忌した。

    13:15 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
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