大洋ボート

松本清張『ゼロの焦点』

  禎子(ていこ)は鵜原憲一と見合結婚するが、新婚旅行から帰途について、さあこれから新婚生活がはじまろうという矢先、数日後に鵜原は失踪してしまう。鵜原はA広告会社の金沢支店の勤務ながら、月のうち10日は東京の本店に席を移すという二重生活だった。それを、結婚を機に東京本社一つに勤務を固定する予定だったのだ。禎子には鵜原の失踪についてまったく心当たりがない。やむなく金沢に飛んで、地元の警察やら鵜原の後任の本多に相談し、また調査への協力を依頼する。義兄の宗太郎も禎子にやや遅れて金沢に飛んで、独自の調査にとりかかる。こちらは禎子には腹の裡は明かさないものの、弟憲一の金沢での暮らしぶりについては憲一から少し聞かされたらしく手がかりをつかんでいるようだ。だが、本多も宗太郎も何者かによってつぎつぎに殺害されてしまい、憲一の失踪に端を発した「謎」は凶悪な事件として広がっていき、禎子を呑みこんでいく。憲一の失踪は昭和33年12月の中旬で、それから正月をはさんで半月余りの女性主人公の推理にもとづく調査行動が描かれる。何回かの東京への新居や母の住む実家への帰宅をまじえて。
  本作をはじめとして、松本清張は「社会派推理」と呼ばれる長編を量産していった。『ゼロの焦点』の単行本発表は昭和34年12月と記されていて、なるほど時宜にかなったテーマをとりあげたものと思う。つまり、事件の背景には戦後の混乱期(≒占領期)がある。そのころアメリカ兵を相手に身体を提供して生活をしのぐ女性が基地周辺に多く存在して「パンパン」と呼ばれた。売春を苦にしない女性も多かったようだが、なかには没落した富裕層や由緒ある血筋の家庭の女性も混じっていた。彼女たちの多くは、占領期が過ぎてアメリカ兵が本国に帰還するにつれて足を洗い、しだいに安定をとり戻しつつあった社会に「堅気」として復帰した。彼女たちにとってはその前歴は知られたくはない忌まわしいものだった。わたしは子供のころ、父母が声を低くして「あの女はパンパンをしていた」と話していたのを思い出す。社会は落ち着いていったものの戦後の混乱期の記憶はまだ生々しかった頃、それが昭和33年前後だろう。わたしにとって少し新鮮だった記述は、くだんの女性たちがアメリカ兵に接して、日本人男性にはないやさしさを知ったこと、戦争に負けて自信喪失状態に陥っていた日本人男性を頼りがいがなく映って軽蔑せざるをえなかったこと、アメリカ兵から自由の息吹を受け取った、ということ等だ。一時期「パンパン」だった女性の人生を前向きにとらえようとするのだ。こういう見方もあるのだと思った。
  昭和33年だから旅行も盛んになりはじめたのだろう。だが金沢は東京から新幹線が開通した現在とちがいまだまだとおかったようだ。丸1日訪問地で仕事なり観光なりに費やすためには前日の夜行列車に乗らなければならなかった。そのためとはいえないかもしれないが、冬の金沢や能登半島が雪に閉ざされた「暗く、陰鬱な」景色という印象が全編にわたって記される。これは都会から見た地方の辺鄙さへの固定観念ではないかという気がした。現在その地を記述するならばちがった印象になるのではないか。
  文庫本の巻末の平野謙氏の解説は精緻だ。これに倣ってわたしも書いておこう。2番目に殺される本多は何ゆえに青酸カリ入りのウィスキーをやすやすと口に入れたのか。宗太郎が殺されたさいも同じ毒入りウィスキーを勧められて口にして死亡している。それは新聞記事に詳しく書かれていて本多もそれを読んでいるのにかかわらずだ。あまりにも警戒心がないのが不自然ではないのか。


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