大洋ボート

筒井康隆「走る取的」「乗越駅の刑罰」「蟹甲癬」その他

  漫才は固定マイクを前にして二人ないし三人くらいで面白い話を選んで話して観客を笑わせる。当然、漫才師もマイクも同じ位置のまま終始するが、「走る取的」の場合は、漫才さながらしゃべり合う友人同士二人が、移動し逃亡しながらそれをやる。もっとも小説のカメラはほとんど二人に向けて映されるので、その会話が中心となり漫才とさほどの違いはない。追ってくるのは「取的」と一般に呼ばれる幕下の力士。友人二人は久しぶりに馴染みの小さなスタンドバーで落ち合ったが、カウンターの一番隅にくだんの「取的」が座っていた。それを見た主人公にあたる語り手が友人に「取的」を馬鹿にするようなことを言った。「褌かつぎ」とも言い放ち、その声は「取的」の耳にも入ったようだ。悪いことに主人公は取的と睨み合いまでしてしまった。酒の勢いか、友人が空手の有段者であることで安心したのか。だが亀井という名の友人は、主人公のその所作をしってにわかに恐怖心がこみあげてくる。空手と相撲では体の鍛え方がまるっきり違って勝負にならない、喧嘩にでもなって大けがをしたら大変だ、さっさとここを引き上げようと勧め、二人は取的に目を合わさないようにして店をそっと出るのだ。だが、その一安心も束の間、例の取的がどこまでも二人を追ってくる。体重のわりには脚力も二人よりも上回っているらしく、走り切って姿を消すことができない。
  ここからも二人の漫才のようなあれこれのにわかな方策が提起され実行されるのだが、ことごとく失敗に帰する。都会の人混みのなかに紛れたり、別の馴染みの店に行って長時間後そこを退出したりとするのだが、視界のとおくには取的が必ず発見される。電車に乗っても見るが、隣の車輛にまたもや落ち着き払ってつり革をもって立っている。このように漫才的喋りが暴力的恐怖にしだいに浸食されていく短編である。
  ささいな原因での殺人事件は枚挙にできないくらい現実世界にはあって、この短編にも類似性はあるが同質ではない。笑いの延長線上での死であり、小説上の死であっても小説によってはその深刻度はおのずから段差がある。だが意外性と緊張感は最後まで持続して読ませる。
  「乗越駅の刑罰」もまた漫才さながらである。七年ぶりに実家に帰郷した作家氏が、そのひなびた駅に降り立った。改札口に駅員が居なかったので通り過ぎようとしたところ、近くにいた駅員に呼び止められ「おい、あんた」と切符を求められた。作家氏は切符を衣服のあちこちを探したが見つからず、途中下車してから、当の駅までの切符を買い忘れたことに気づく。つまり無賃乗車となってしまった。それなら、罰金があるならそれを上乗せして運賃を支払ってしまえば、それで済んでしまうのではないかと読者はおもうのだが、両者の「押し問答」がはじまって収拾がつかなくなる。作家氏は故意ではないことを説明しようとする。一方の駅員は説教好きで傲慢で、言いがかり好きという変質者で、作家氏を容易に立ち去らせない。

「へえ。わざとやったのじゃないっていうのか」彼は鋏をいじりまわしながら私を横眼で見た。「その証拠があるか」
「証拠。そんなものはないよ。馬鹿な」
「馬鹿とはなんだ」鋏を握りしめた。
「いや。あんたを馬鹿といったわけじゃないよ」
「今、馬鹿といったじゃないか」彼は私を睨み続けた。
(中略)
「わたしのいいかたが気に入らなかったのなら、あやまるがね」私は吐息をついた。
「だけど、その、人を犯罪者みたいに言うのだけは、もうやめてくれないか。いや、これはお説教じゃなくて、頼んでるんだがね」
「無賃乗車しといて、おれの口のききかたにけちをつけるのか。あんた、さっきからおれにけちばかりつけてるな」彼は低い声でぼそぼそとそういった


  こういう押し問答がしばらくつづく。ひとことに反応して「馬鹿な」と作家氏が言ったのはまったく自然だが、それを駅員は人格そのものを「馬鹿」にされたと、筆者の判断では故意に誤解したのだ。これは言いがかりに近い。作家氏は駅員の変質性にようやく感づいてさらに抗弁するが、それがさらに駅員の言いがかりの材料になる。作家は言葉のプロだから、言葉に対しては言葉で応戦しようとする職業的自負がはたらくのだろうか。このあたりのやりとりは笑えるような笑えないような独特さがある。だがようやくのように相手のやくざな人柄に気づいて作家氏は後退しはじめる。言うことを聞くから早く放免してくれと。しかし、それでも終わらない、終わらせないのが筒井康隆ワールドである。もう一人の駅員が殺した猫数匹を入れた袋をたずさえて近づいて来て、鍋で煮るのだと言う。作家は肝をつぶして、それまでの落着きを何とか維持してきた態度を喪ってしまう。グロテスクで暴力的である以上に、実に漫画的ではないか。先に登場した駅員も暴力的な本姓をはばかりなく剥き出しにしてくる。
  これ以後の作家氏に救いはない。具体的には記さないが、やりたい放題に一方的に暴力を受ける。駈けつけてきた実家の母や弟も加担するというのだから、荒唐無稽かつ安易に書きながされる。漫才の延長ということになるのか。
  「懲戒の部屋」は痴漢冤罪の件がとりあげられる。発表されたのが昭和四三年(1968)と古く、しばしばニュースでとりあげられる現在とちがって、当時は埋もれた話題だったかもしれない。後半部は筒井らしくハチャメチャであるが、前半部は実際にいくらでも起生しそうなやりとりである。
  「蟹甲癬」は短いが、SF作家らしい一編。「顔面崩壊」とともに作者の医学知識の豊富さがうかがえる。クレール星という地球外惑星は食糧不足に陥っていて、唯一の食糧ともいうべき「クレール蟹」が乱獲される。この蟹はたいへんな美味で、とくに味噌と呼ばれる白いペースト状の部分の旨さといったらなく、住民はこぞって食べつくす勢い。だがクレール蟹は顔の皮膚に痒みを起こさせ、頬の裏側に達するまでの角質化をもたらす。気味が悪いが、ここから以後が筒井の世界。頬の患部にさして痛みはなく、やがて蟹の甲羅そっくりに赤く硬く変化して、さらに驚いたことに自在に取りはずしができるようになる。しかも甲羅の内側には蟹と同じ白い味噌が定期的にできて、これまたたいへんな美味。子供にせがまれて老爺が食べさせてやったりする。ここまでは一種ハッピーな世界ながら、少しずつ影が差してくるのだが、省略しておこう。最後まで読ませる。
    



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三島由紀夫『午後の曳航』

  自分一人のために人生が輝かしいものとして用意されている。名誉であっても、死をも伴う栄光であってもかまわない。しかしそれがどんな具体像を示唆するのかはわからないが、とにかく挑戦してみる。その目的のためにふさわしい行動をとってみる。人生のその道程が長いか短いかはわからないが、その体験が、未知の世界が、それが何たるかを教えてくれるだろう。多くの人ではないかもしれないが、こんな夢想を抱いて人生に船出をする人が居るにちがいない。塚崎竜二もそんな男で、二等船員として三〇歳を過ぎるまで大部分を海の上で過ごした。だが壮麗な夕日や船が転覆しかねない凄まじい嵐に遭遇しても、そこに栄光を示唆されることはあっても、その核心を体感することはできなかった。船上の規則正しい生活を身に着けただけで、つまり仕事を覚えただけのことで、海への愛着は捨てきれないものの、すべてを知ってしまった、栄光を手にすることはできなかったという諦めの境地に達しかかっていた。そんなとき横浜港に上陸した竜二であったが、ブティック経営者で未亡人の房子と知り合い、恋仲になる。二人は結婚を真剣に考えることになる。竜二にとっては「夢想のなかでは、栄光と死と女は、つねに三位一体だった」だが前の二者は竜二によって放擲された。未練はあとを引くものの、房子の店の仕事に従事することによって、いわゆる「普通の生活」を末永く送ることを決めたのだ。
  房子には登という中学生の男の子がいる。海の男にたまらなく憧れを抱く一方で、世のありとあらゆる大人に不信と憎悪を抱く子供で、同じ思考と感性を共有する少年グループにも所属していて、その思いに確信をより強くする。すべての大人は無価値であるばかりではなく有害だと彼等は確信する。子供は親に生活の面倒を見てもらっているが、そのことには大部分無意識である。親の面々もかつては大志を抱懐したのかもしれないが、競争に敗れ、妥協を強いられて、ぺこぺこ頭を下げなければならない場面にも多く遭遇しただろう。他人にたいしては友情は稀で、怨みつらみが常である。その不平不満を家族に撒き散らす。ときには暴力をふるう家庭の小さな暴君。そのわりには自分の人生に自信がもてない。かくあるべしという人生を子供に提示できないのだ。無難で平均的な人生を送ってもらいたいのか、子供に『人生の目的』について質問されると『坊や、人生の目的というものは、人が与えてくれるもんじゃない。自分の力で作り出すんだよ』と答える。登ではなく、グループのリーダーの言だが、これを彼は「あらゆる独創性を警戒する目つき」と彼なりに見抜く。さらに「一番わるいことは、自分が人知れず真実を代表していると信じていることだ」とこき下ろす。わたしも残念ながら、子供には同じようなことを言ったかもしれない。あるいは何も言わなかったかもしれない。子供にたとえば特定の職業を強制することは、子供のなかには反発が生まれるかもしれない。だがリーダーは父の子からの逃避を、責任回避を「人生の目的」について見抜くようなのだ。戦争の時代なら「兵隊になれ!」と父は子に命じたのかもしれないが、戦後民主主義下にあっては「自由」が尊重されたので、そこへの迎合がこの父の言の底にはあるのかもしれない。
  竜二もまた、子供時代にはこれほどあからさまな大人への反発はなかったのかもしれないが「独創」的な人生を目指してのであり、結婚を期に「普通の生活」に足を伸ばそうとした。それに登は危機意識を抱いたのである。何年間かの母を独占できた時代がうばわれる寂しさが気配として読み取れなくはないが、それはグループと彼の「理論」によって封じ込まれる。言うまでもなく、登も栄光をめざして行動する大人のみを芯から承認し、あこがれているのだ。
  三島由紀夫は昭和三三年(1958)に結婚している。自決の時までそれはつづいたのだから、当初は「普通の生活」をしようと決意した証だろう。竜二の陸の生活に腰を降ろしかけたときの「非現実」な足のおぼつかないふわふわした感覚は、三島の結婚当初の実感の反映のように読みとれた。また三島の生活の中心は少なくとも独身時代(それ以降もそうだとしても)は小説の執筆にあってときには激しい言葉を書きつらねたが、そうした彼(竜二)にとっての本音が咽喉まで出かかって、ふりかえって無難な言葉に置きかえるさまは、小説執筆以外の時間での他人とのつきあいに慣れ親しむことが容易で、気楽ささえ抱けるようになった以降の時代の反映ではないかも思った。
  竜二は船員時代をなつかしみ、未練を抱きながらも房子と登とともに生きようとする。一方登のグループは栄光の希求を捨てた人として竜二の毒殺を謀る。「英雄の死」は『仮面の告白』にあった「聖セバスチャンの肖像」の矢で射ぬかれた裸体像とかさなる。また空襲による消失を免れた金閣寺を「死」への裏切りとして、人生を妨害する「永遠の生」として怨み、放火に至る犯人像も直截ではないが、子供グループの犯行と通底するところがある。一見、相反はしても、竜二も登もそのグループもどれも三島の思想を代表していると思える。
  晩夏に竜二の乗った貨物船・洛陽丸が夕日のなかをタグボートに曳航されて、しだいに岸壁からはなれていく。年末には帰港する予定で、勿論房子と登は岸壁に立って見送り、竜二もまた船尾に立ち尽くして別れを惜しみ、互いの姿がみえなくなるまで見つめ合い、やがて「巨大な出帆の汽笛」を鳴り響かせて去っていく。三島由紀夫らしい緻密かつ抒情的な文体がもっとも優雅に発揮される場面だ。


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