大洋ボート

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙

  イギリス元首相のマーガレット・サッチャーの政界引退後の姿が描かれる。サッチャーは認知症が進行するらしい。そうでなくても国家的重要人物であるから厳重なセキュリティによって保護されているらしく、その行動は自由が制限されるようだ。冒頭、サッチャーがスーパーで買い物をする場面があり、店の人はだれもその老女がサッチャーであることを気づかない。結構幸せな姿ではないかと思ったが、彼女が帰宅してみると娘さんをはじめ警護の人たちがピリピリした雰囲気になっている。どうやらサッチャーが周囲の目を盗んで自宅から抜け出したものであるらしい。
  認知症についてくわしいことを私は知らないが、この映画では過去と現在との区別が明瞭につかない症状としてもっぱら描かれる。いつも笑顔をたたえて傍にいて何かにつけてなごませてくれる夫は、実はすでに他界している。原色の生地をターバンにして頭に巻きつけておどけてみせてサッチャーを微笑ませる場面など印象的だが、しばらくのちには、サッチャーは夫がもはや傍にいない存在であることを気づく。それがサッチャーのなかで何回も繰り返される。音楽でいえば短いメイン・メロディというところか。彼女はまた、依頼されて自著にサインをするが、何冊目かにマーガレット・××と旧姓をあやまって記してしまい、これも認知症のせいとさる。だが何かにつけて、現在の行為のさなかから過去の世界に向かって連想がはたらくことは私たちにもしばしば見られることであり、病魔による特異な世界とはいえないだろう。ともかくも、この断続的な連想によって、サッチャーの若かりし時代から政界トップの座に上りつめ、やがては人気を失い、側近からも離反され、引退に追い詰められるまでが、現在のサッチャーの生活とは別に描かれるのだが、ここはわかりやすい。わたしたちがニュースで断片的にえているイギリス現代政治史のおさらいであるからだ。実際のサッチャーが彼女独自のふり返り方をするようには見えない。無論、政界においてしてきたことには後悔はないように見える。
  才能があり人まねではない見識があれば、さらに行動力があれば人が集まってくる。だがあまりに妥協がすくないと反発も買い、やがては人は離反する。そんななかでたったひとり夫という存在がのこる。彼が他界してもその面影は強くのこり生涯にわたってなぐさめ、なごませてくれる。多くの人が去っていくなかで一人の(あるいはごく少数の)人だけが身近によりそってくれる。これはサッチャーという政治的世界の大物でなくても、私たち市井の者がたやすく理解できる人生の真実であり、救いでもある。
  この映画に不満があるならば、サッチャー(映画のなかの主人公として)の視点からのみ現在と過去が描かれているところか。周りの人がサッチャーをどう見たのかがまったくわからず、狭苦しくものたりない世界である。またサッチャーを演じたメリル・ストリーブは好演で文句のつけようがないが、他にこの役をするとすればだれがいるのか、私が無知なこともあるが思い浮かばない。50代後半以上の女優の層のうすさとして感じたところだ。
      ★★★

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    11:39 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

知らない街

ライムの香りがして
黒い石造りの建物のほとりを歩いている
モーブ色の窓の列
蛍光灯の淡い影は紙飛行機
デスクの上では
大仏が鎮座ましますのだろうか
わたしはもとより用事はない意欲もない
入館許可証も持たない
想像力はいつも切れ味が鈍い
したたる錆と水
だれが見つめるのだろうか
彷徨するマゴノテは夜の沼に沈む
包帯で包まれた生首は重い
からの徳利こそむしろ提げて歩く
わたしは歩くことのみに執心する
急な坂道に出くわしだんだんと遠ざかり
わたしはその頂上で黒点となる
    22:22 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

バウンド(1996/アメリカ)

バウンド [DVD]バウンド [DVD]
(2009/01/28)
ジェニファー・ティリー、ジーナ・ガーション 他

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  マフィアの一員の男が土壇場になって豹変する。仲間の男の粗暴ぶりを普段から嫌っていた男ジョー・バントリアーノがその男以上の粗暴ぶりを発揮してしまう。別に君子でなくても人間はだれでも驚くべき豹変ぶりをみせることがあるのだ。そこがたいへん面白い。度肝を抜かれる感覚に見舞われる。
  組織の男が大金を横領して逃亡しようとした。そこでバントリアーノをはじめグループの男たちはその男を詰問し拷問にかける。金のありかを吐かせたあとに葬ってしまい、さらにその金をバントリアーノが一時的に預かることになる。ここからがたいへんだ。彼が嫌う仲間が乱暴に殺害したために札束が血に染まってしまった。同居する愛人と一緒になって一晩かけて札束の血を洗いさらに洗濯物みたいに一枚一枚を紐につるして室内で干して乾かす。それがすむと今度は一枚一枚をアイロンがけ。まもなく金を受け取りにくるボスと仲間のために用意万端整えるのだ。このあたり映像的に見ごたえがあって、ニヤっとさせられる。だがきれいにしてバッグに詰め込んだはずの札束がいつの間にかなくなっている。じつはこれはバントリアーノの愛人がレスビアンの関係にある女と共謀して、わずかの隙をついて強奪したせいなのだが、バントリアーノはなにも知らない。むしろ嫌っていた仲間に疑いの目を向ける。マンションの部屋の鍵とバッグの鍵を破らなければ札束は抜き取れない。そんなテクニックを仲間の男がもっているはずもないことは冷静になればわかりそうなものだが、そうはならない。興奮しているから仲間への嫌悪が根拠のない憎悪にかわる。バントリアーノは焦る。まもなくやってくるボスと彼が嫌疑をかける仲間の男にどう言い訳をするのか。複雑なことにボスとその男は親子だ。
  ジョー・バントリアーノは主演ではない。マンションの内装工事をする女で錠前破りの名人でもあるジーナ・ガーションとバントリアーノの愛人ジェニファー・ティリーの二人が主演格にあたり、二人の大金強奪と逃亡が物語の幹になる。となりの部屋の工事をガーションがするというのは映画らしい「出来すぎた偶然」で気にはならない。また、二人がひとめ惚れしあってすぐにレズ関係になるのは少し度肝を抜かれて、妖艶な感覚があるか。だがバントリアーノの自己破壊にもひとしい行動に比較すると、それらは小さなハイライトでしかなくなり、かすんでしまう。
  人間、土壇場に追いつめられると何をしでかすかわからない。成算があっての行動ではなく、むしろ座して死ぬことを待つよりも前のめりになって行動することで死をふりはらおうとするのだろうか。感情の激するままにまかせるのか。見終わったあとで、そういう思いをさまざまにめぐらさせられた。刺激ある犯罪映画。
★★★★
    10:10 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

トウキョウソナタ(2008/日本)

トウキョウソナタ [DVD]トウキョウソナタ [DVD]
(2009/04/24)
香川照之、小泉今日子 他

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  香川照之が会社を突然リストラされる。だが妻の小泉今日子には何も言わず毎日出社するふりをして外出をつづける。ハローワークなのか、職業紹介の窓口に行ったり、炊き出しにありついたりする。どちらも長い行列のなかに身をおかなければならない。寒々した光景だが、長引く不況下にあっては、多くのサラリーマンにとって人ごとではすまされない気がするのではないか。私はサラリーマンではないが、不況の影響は、私もまた日々痛感せざるをえないものがある。
  失職を言い出せない香川だが、やがて小泉今日子にばれてしまう。毎日一緒に暮らしていると勘がはたらくのだ。どこかよそよそしさが、芝居めいたところが微細にあってそれが日々重なると、おかしいと思わざるをえない。映画がはじめてそれを指摘するのではなく、私たちの生活の経験が納得させるのだ。また彼らには二人の子供がいるが、二人とも自分の未来についてや好きなことに固執し、没入しようとして忙しい。親の現在がどんなものか考えようともしないどころか、自分たちの固有の未来絵図を親の目から隠そうとする。長男はアメリカ軍に入隊しようとするし、次男は授業料をピアノのレッスン代に流用する。
  子供は家庭から出て行こうとする遠心力がはたらく。それは自然なことで親もそれを承知だが、親はともすれば自分の好みの進路に導こうとする。冒険は避けさせて安全を選ばせようとする。子供の遠心力にたいして親なりの求心力をはたらかせようとする存在だ。やがて二人の子供のめざすところが父の香川に知れると香川は激怒して長男をたたく。「世界平和」への貢献を口にする長男にたいして、世界なんてどうだっていい、自分(長男)が大切なんだと切り返す。香川と同じ言い方はしないのかもしれないが、私は香川の気持ちはわかるつもりだ。長い人生を生き抜くためには土台が必要だ。土台とはいろんな要素が詰まっているが、エゴイズムはとりわけ重要だ。人を裏切ることを奨励するのではなく、競争に勝たないまでもその渦中で耐え抜くことができなければ生きていけないからだ。余計な感傷に流されてしまってはならない。このとき香川は失職を子供に知られていないが、自分の嘘を隠して立派にふるまおうとするたぐいの欺瞞意識はまったくない。どうしても言わざるをえない、ほとばしるものがあるのだろう。とはいうものの青年(長男)の冒険心、かっこよさを求める姿勢も私はわからないのでもない。「男は生意気くらいがちょうどいい」という歌詞の歌もあった。ただこの家族においては対話がもとめられない。対話による相互理解をめざすよりも対立が先鋭化することを怖れて、母・妻の小泉今日子が割ってはいる。ここでも、こういう家庭のほうが多いのだろうという感想をえた。
  同じ家に住む。そして同じ食卓に着きそろって食事をする。会話は少ない。食べ終えると子供はさっさと自分の部屋に戻る。少しの不満は解消されないが、それ以上にばらばらになることは避けたい。だれしもがそう願うのではないか。また一つの希望がみいだされたとき(この場合は次男の音楽専門中学の受験)家族はその希望に向かって一体になれるのではないかという指摘もある。
  カメラアングルはオーソドックスで静謐。黒澤清監督は香川照之と小泉今日子のために時間を十分にさいて、まかせるように演技させている。二人も十分にそれに応えた。後半役所広司が強盗役になって出てくる個所はストーリーが飛躍しすぎる気がした。
   ★★★
    02:06 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
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