大洋ボート

二百三高地(1980/日本)

二百三高地【DVD】二百三高地【DVD】
(2010/06/01)
仲代達矢、あおい輝彦 他

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  戦争とは、その渦中に置かれた人々のさまざまな局面からとらえられたとき無数の像が結ばれるにちがいないが、畢竟、人がどんどん死んでいくこと、個人としては逆らいようのないそういう運命に晒されることではないか。あらためてその思いを強くさせられた。勝利によってもその無残さは消えることがなく、無残さが犠牲になった兵の家族や軍事的リーダーによって抱え込まれる。
  舞台は日露戦争における日本陸軍の旅順攻略戦。ロシア支配下の軍港と化した旅順を壊滅させるために、陸軍は旅順郊外の丘陵に設営されたロシア軍の堅牢無比な要塞めざして大量の歩兵を進撃させる。ロシアを出発したバルチック艦隊が大西洋、インド洋を大回りしてやがて旅順に到着する、それまでになんとしても旅順攻略をという軍事的至上命題がある。この軍事的背景があって、仲代達矢演じる乃木大将は兵の大量犠牲が見込まれるにもかかわらず、突撃命令をくりかえす。これは見ていていかにも無謀なことがよくわかる。なにしろロシア軍は城のような頑丈な要塞から重火器や爆弾を放つのにたいして、日本軍は歩兵の銃剣があるのみで、しかもさえぎるものの何もない裸の丘陵地を登坂しなければならないからだ。この戦闘場面はながくつづくわりにはアメリカ映画と比べると工夫があまりなく、少し退屈なのだが、のちにボディブローとなって映画に効果をもたらす。
  おい輝彦が変化する。彼は徴兵されるまでは小学校教師で、かつロシア文学の愛読者で戦争にたいしても積極的ではなかった。戦地においても瀕死の傷を負ったロシア兵が殺してくれと懇願するにもかかわらず、ついに銃弾を放てなかった男だ。それが、仲間がつぎつぎに死んでいくのを見て変わる。捕虜のロシア将校が挑発的な言葉を吐いたとき即座に銃殺しようとして同僚に制止されるのだ。「軍の規律も人道的立場もない、われわれは無残に殺されていくのみだ」。正確には再現できないが、こういう意味のことを吐きすてた、つまりあおいは復讐心によってのみ、生き残った自己を支えることがかろうじてできるに至ったのだと私は受け取った。このあおい輝彦の変わりようは印象に残る。
  人は戦争をくぐることによって変わる。その変わり方はさまざまだろうが、人が大量に犠牲になるというひとつの大きな事実が根底にある。監督の舛田利雄もシナリオ担当の笠原和夫もともに1927年生まれで、戦争の時代を身をもって知る人だ。彼らの戦争観がここに結ばれているのだろう。
    ★★★
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ヒマラヤ 運命の山

  暑さが衰えないので、雪山の景色をみたいと思って出かけた。その欲求はだいたい満足させることができたが、呑みこむべき要素が多いので面食らったところがある。この映画はドイツの製作だが、アルピニストにたいする関心と尊敬の度合いがわが国とくらべてかなり大きいように思われたことで、これはにわかにはわたしの想像力にうまく着地してくれなかった。わが国のスポーツにたとえると、オリンピックや国際試合にたいするナショナリスティックな関心と応援にあてはまるのだろうか。それにこの事情はドイツばかりでなく、ヨーロッパのほかの国々にも共通するものかもしれない。かの地におけるサッカー選手の社会的地位や注目度にアルピニストは匹敵するのだろうか。
  主人公はラインホルト・メスナーという実在の登山家がモデルだそうで、ヒマラヤのナンガ・パルバートという山の登頂を目指すのだが、登頂には成功するものの下山途中で同行した弟が死亡するという事故にあう。これが物語の中心だが、けっこうややこしい。登山チームの隊長が帰国してから後、主人公にたいして兄弟を見捨てたということでにわかに非難をはじめて「スキャンダル」となるのだ。だがこの隊長ももとはアルピニストで、同じように登山において弟を亡くしているという悲劇を背負っている。また主人公に強烈なライバル意識を抱くようで、隊長ながら主人公の成功をかならずしも願わないようなのだ。彼は主人公を登頂させないために、頂上の一歩手前でキャンプする4人のメンバーに「悪天候」の贋の情報を知らせるために烽火にして打ち上げる。4人はこれを信じるが、功名心と自負心の強い主人公はこれを無視して頂上を目指し弟も少し遅れて追いかけることになる。だが隊長のニセ情報は変りやすい山の天気のため結果的には正しい情報となり、隊長の非難の絶好の口実となる。死の危険がたえずともなう困難な登山においてラインホルト・メスナーのとった行動がはたして妥当だったかということが、映画のもっぱらの関心で、視聴者に考えさせようとするのだろう。
  私にとっては、こういうテーマは映画という枠を超えた大きな問題である。だから自然と個別の映画作品からは離れてしまうことになり、こういときには映画からもっとヒントをもらいたいと願うところだが、その点では不可解さが残り満足させてくれなかったというべきか。子供のときから兄弟そろって登山好きであり、登山を通じて兄弟愛が堅固無比になっていったという描写はわかる。体力面において兄のほうが一歩先んじていて、弟がそれにへばりつくようについていく、兄もそれをわかっていて弟をときには無視してどんどん進んでいく、それもまた兄弟の不文律。下山途中兄がもっと弟にくっついていれば遭難は防げたのではないかとも思わせるが、兄弟の登山におけるこの傾向は外部からは口を挟めないほどの完璧性があって、映画はそれを非難よりもより多く賞賛するのだろうか。ラインホルト・メスナーのみならず、広くほかのアルピニストへの賞賛にもつながるようで、それ以上には映画作者は踏み込まない。
  すごいなと思った場面が短いがあった。頂上から下山に移る過程でラインホルトが遭難死した隊長の弟(兄?)を見て道案内をしてもらう場面だ。勿論幻だが、これは体力が落ちて死に近接したときに、決まったようにやさしげに訪れるものだ。人ややさしさにたいする飢えだろうか。ジャック・ロンドンという人の短編にもでてきた。こういうところを拡大してくれたら、もっと面白くなったのではないかと思った。
    ★★★
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百田尚樹『幸福な生活』

幸福な生活幸福な生活
(2011/05/27)
百田尚樹

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  十ページあまりの短編が十八編たばねられている。一見幸福に推移する生活のなかで、配偶者や親子の素顔があらわになって度肝を抜かれるという構成がすべてに共通している。物語の世界に少し酔えそうになったとき、それまでの世界と思い込みを一気にひっくりかえすべく最後の一行が待っているというのも同じだ。表紙帯には本屋の店員さんばかりの短い推薦文が集められていて絶賛の嵐で、これに惹かれて買ってしまったのだが、それほどでもないのかなという印象を持った。
 どこかで、つまりテレビや新聞記事で見聞したことがある出来事やそこからひろげられたフィクションというものがあって、わたしたちは細部を省略したうえで、共通の漠然としたイメージとしてそういうものを引きずっているものだ。幸福があり不幸があり、深刻さと軽薄さが入り混じっている。無数にあるこれらの出来事に私たちはいちいちつきあえないから概略的に済ましてしまう。さらにそれをもう一歩すすめて笑い話にしてしまうこともある。褒められたことではないが、息苦しさを避けるため、のんびりとするためである。親しい存在の裏切りやにわかにみせる素顔にしても、フィクションとしてまた他人事として受けとめれば深刻さはやわらぐ。ありふれた話であっても、実相を掘り下げればそこでしか味わえない空気がたちのぼってくるものだが、最初からそれを目的にせず、ただ読者を笑わせるため、くすぐるための目的で読み物が大量生産される。大衆としての読者もそれを期待する部分がある。だが大量生産されればされるだけ型に嵌ってくる傾向がある。この短編集もその傾向から自由にはなっていないのではないか。 
  それぞれがテレビのコントを少し長くしたような味わいで、読みやすくしかも雑ではない点では作者の腕は確かだが、深刻さはなく、また書いたような理由で新鮮味は乏しいというべきか。たとえば、取引ある会社に独身の美人OLがいて主人公の男性はなんとかものにしたいと思うところだが、女性には恋人がいる。そこで男は一計を案じて女性の前でたいへんカッコいいところを見せて(ついでに恋人のぶざまなところも女性に見せつけて)ついに女性の心をつかんで結婚まで漕ぎつけるという話がある。懇親会の会場でその女性がやくざにからまれたとき、主人公が身を挺して撃退したことになるのだが、実はやくざとみえた男たちと主人公は同じ劇団に属したことがあったかで、打ちあわせて大芝居を打ったというのがオチだが、こういうオチはテレビなどで何度も見させられたのではないか。
  しかし、はっとする個所もあった。「ブス談義」では高校時代の友人の結婚式に出席したかつての同級生たちが、花嫁が驚くほどの「ブス」であったため、当時の女性教師や同級生の「ブス」を思い出して話が盛りあがる。若い時代の異性にたいする執着とその裏返しの軽蔑や憎しみは誰にとっても覚えあるところだろうが、この個所はたんなるお話という以上に作者の体験がはみ出てきている生々しさに接した気になった。つまり今では医師で仲間の出世頭で、なおかつ鈴木京香似の奥さんをもらって得意満面の男がいるのだが、彼はかつてグラウンドいっぱいに学校一番のブスの似顔絵を白線で描いたというのだ。(勿論、学校や教師からきびしい叱責を受けた)こういう個所は想像力だけでは書けない突飛さがあって感心させられた。そしてこの編ではオチも効いている。鈴木京香似の奥さんと当の落書きの対象になったブスには深い関係がある。あっなるほどと思った。詳しいことは読んで確かめてください。

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