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大洋ボート

ナナカマド

 都会育ちのせいで樹木や草花をあまり知らない。ごく一般的とされているものでも知らないのかもしれない。宮沢賢治や西脇順三郎の詩にはおびただしいくらいの植物の名が出てくるが映像が浮かばないことが多く、音の響きを呑みこむだけである。
  花や実をつけた状態なら印象にも残ろうが、旬からはずれた時期にただ葉を茂らせただけだったり、葉がすっかり枯れた冬の時期だったりすると何の木なのか判別できないことがほとんどだ。植物園を訪れると木に「くぬぎ」「やまざくら」などと名札がかかっているが、その名を覚えたとしても形状まではつぶさに憶えられない。そういう花も実もない状態の木に山で再会してもたぶん気がつかないだろう。植物に詳しい人なら葉の形状を観察しただけで、どういう種類なのか理解がとどくようだが。
  こういうことだ。子供の頃から木や草花に慣れ親しんだ人は、花や実がつく時期にも当たり前にそれに接しているので、やがては葉や全体の形状にもこまかい記憶が刻みつけられるのだろう。いっぺんに覚えられなくても、たとえば桜の木なら花が咲いたことは勿論覚えているので、植物は動かないから「これは桜」とわかる。私でも公園に植えられた桜なら今の時期でも桜だとわかるように。

  先日は、映画を見た帰りにミニ植物園を散策した。映画館が入っている梅田スカイビルというところの敷地内にそれはある。椿や南天、ナナカマドなどが花や実をのぞかせていた。南天とナナカマドは実だけみれば鮮やかな赤色で大きさも同じくらいで区別がつかない。ナナカマドのほうが背丈が2メートルくらいで、南天よりも高かった。調べると、この木は7~10メートルまで成長するそうだ。じっくり見るのはたぶん初めてだ。南天は銭湯にかよっていた頃、その狭い庭に今の時期に実をつけるのを見てきた。
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JUNO/ジュノ(2007/アメリカ)

JUNO/ジュノ<特別編> [DVD]JUNO/ジュノ<特別編> [DVD]
(2009/06/05)
エレン・ペイジマイケル・セラ

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  十六歳の女子高校生が妊娠してしまう話。ストーリー展開が巧みだ。それに女子高生役のエレン・ペイジという人が私から見れば少し不真面目で、なおかつ可愛くたくましいという役の雰囲気をごく自然につくっている。

  関係したのは同級のボーイフレンド。しかし疎遠になってしまい、協力してもらうことも相談もできない。一旦は堕胎を決めるが思い直して養子に出すことにする。子供をほしがっている裕福そうな夫婦を新聞広告で見つけて会いに行く。この間、友人に相談に乗ってもらうが、ほとんどが独自で決断したうえでの行動だ。こういうことがあれば、しょげかえったり、逆に投げやりになったりだらだらしてしまったりするのかもしれないが、この女子高生はそんな気配がそれほどは見あたらないのだ。映画のうえでのカッコよさの役作りかもしれない。また、若過ぎる女性の妊娠自体がアメリカではそれほどめずらしくないことの反映かもしれない。両親も私から見れば少し奇妙だ。女子高生をしかったり、途方に暮れたりしそうなものだが、そういう場面がほとんど見受けられない。むしろあきらめてしまったような様子だ。父はエレン・ペイジを連れての再婚で、二番目の妻との間にも子供がいる。理想としては女子高生が自立するまでの間、子供の面倒を見ることを考えてもよさそうだが、裕福でないためか、養子に出すというエレン・ペイジの計画に特に異を唱えることはない。

  十代はどんどん変わっていくのか、昔とさほどは変わらないのか。にわかには断じがたい。暴力やセックスや麻薬は先進国途上国を問わず、若い世代にどんどん浸透して蝕んでいるという情報に接する。大人が商売の道具として若い世代を利用する側面もあるだろう。この映画の大きい救いは、子供を譲り受ける夫婦のうちの女性が人一倍の子供好きで、子供が生まれないうちから子供部屋やらオモチャやらを用意して、今か今かと楽しみにしているところにあるようだ。そういう人になら安心して譲ることができる。うしろめたさもやわらぐだろう。しかし子供の父であるボーイフレンドとエレン・ペイジがあとになって仲直りするという結末がある。映画はそこまでだが、この先譲った子供を欲しくならないのだろうかと勘ぐりたくなる。

  映像的にはお腹のなかの赤ちゃんの透視画像やら、妊婦となったエレン・ペイジが検査台に横たわったときに晒す大きなお腹が目を引いた。お腹はつくり物には見えなかったが、実際のところはどうだったのだろうか。それにしても十代の世界は知らないうちにどんどん「進む」ようで、たじろいだ。
★★★
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カティンの森

  第二次大戦中にソ連軍に捕虜として連行されたポーランド人将校一万人余が、ソ連の秘密警察によって集団虐殺されるという事件があった。「カティンの森事件」である。だが戦後ポーランドを支配したソ連によって事件はナチスの仕業とされ長く真相が明らかにされることはなかったという。一九二六年生まれのベテラン監督アンジェイ・ワイダがこの惨劇を真っ正面から描き起こす。虐殺された将校と残された家族の物語だ。 

  冒頭の部分がいい。ナチスからソ連軍から逃れてきた市民の群れが橋の上でぶつかりあうように合流するのだ。東にはソ連軍、西にはナチスが迫っている。どちらが安全かなどと短い議論が交わされ、思い思いの方向に歩んでいく。ああこういうことなんだ。弱小国のポーランドは軍事大国に攻め入られるとひとたまりもないのだ。軍隊なんて何の役にも立たない。いきなり戦火を浴びた人々もいただろうが大部分は避難民だ。私たちもまた戦争被害を直接受けたことのない身であるから避難行は想像しやすい。つまりは映画のなかの戦争にに入って行きやすいのだ。

  捕虜収容所での総指揮官の大将が演説する場面。〈戦争は負けることもあるがこれも運命だ。以後も希望を失うな〉そんな意味のことを語って全員を諭すが、カメラワークがいい。はじめは演説をする指揮官のまわりに集まってくる部下の小さな円陣からはじまり、その円陣が集まるにつれて大きくなる。部下の肩越しにかろうじて見える指揮官。つぎにカメラは位置を上昇させて指揮官のまわりにスペースができていることがわかりその半身が見えやすくなる。つづいてそのままカメラは再び後退してさらに上の位置に移行して全体を俯瞰する。こんなにも多くの捕虜がここにいるのかと少し驚かされる。この間カット割りはなく、いわゆる長回しである。実に堂々とした古風なカメラワークで、対象をじっくりとらえて見せる。落ち着いた空気が流れる。

  カティンの森の遺体はナチスによって発見、発掘され遺留品から死亡者の名が判明しポーランド国民に発表される。主人公はカティンで殺された将校の妻だがその名が発表名簿にはないので生還を頑なに信じつづける。幼い娘も同じ思いだ。戦後、その家族の元へ捕虜収容所で将校と一緒にすごしのちに別れた親友が訪れる。将校の死を知らせるためだが、ドアを開けると娘さんがいきなりとびついてきて父でないとわかって気まずく後ずさる。この場面も印象に残る。同じ軍服で同じ背丈だったからだが、顔を見るよりも前に匂いや体つきで父ではないと本能的にわかったように見えた。子供にはそういうものが記憶に刻み込まれている、そして母とともに父の帰還を正直に信じて暮らしている。さりげない場面だがここもいい。

  戦後の遺族の思いもさまざまだ。ソ連支配への抵抗を試みる青年がいる。墓名碑にソ連の仕業と刻んで教会に墓を立てようとする女性がいる。また、くだんの将校の親友は自分が生き残ったことに自責の念を募らせる。逆に学校運営のためにソ連支配とその虚偽に従順になろうと決める女性校長もいる。同じ事件の遺族が個人の選ぶ道をそれぞれ模索するのだ。現実としてたぶんそんなところなのだろう。しかし私には少し不満が残った。この映画は戦中と戦後の数年間のみを描くが、もはや戦後六〇年以上の歳月が経ってしまっている。戦争とカティンを語りつづけることは、ポーランド国家と国民とナショナリズムにとっては重要事であることはわかるが、風化する、忘れるということも同時に進行している。忘れることによって幸福になれればそれもまたよいのではないかと私は思うのだが、そういう視点がこの映画には無い。語りつづけることは同じ言葉、同じ映像であるならば本人も受け手も飽きてくるだろう。そこで渾身の力を奮い起こして新たに語り伝えなければならないことになるが、これはいかにも苦行じみていはしないか。私が怠惰であるからこういう不満も出てくるのかもしれないが。

  ラストはカティンの虐殺が再現される。私にとって、遺族の戦後の歩みをはしょったように見えてもアンジェイ・ワイダ監督はどうしてもこれをスクリーンに叩きつけたいのだ。忘れるな!という思いだろう。血しぶきが狭い部屋の壁に飛び散っているが屠殺場ではない。血の匂いがむわっと押し寄せてきて窒息しそうな気分になる。あっ、殺される、とわかった瞬間の抗いようのない絶望感。覚悟を決める暇も遺書を書く時間もなく、ただおろおろする間に殺されてしまうのだ。これは映画だ、芝居だとわかっていても凍る思いがある。またこれは昔話として受け取るのではなく、現代のアフリカや中東、中南米でひっきりなしに行われている蛮行に通じるものとして受け取るべきではないか、そのメッセージも併せてこめられているのではないか、とも思った。
  ★★★★
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出エジプト記(2)

 

 「わたしはおまえの神ヤハウェ、エジプトの地、奴隷の家からおまえを導き出した者である。
 おまえはわたし以外に他の神々があってはならぬ。
 おまえは偶像を刻んではならぬ。
 (中略) 
 おまえの神ヤハウェの名をみだりに唱えてはならぬ。」
 (中略)
 安息日を憶えて、これを聖く保て。
 (中略)
 おまえの父と母とを敬え。
 殺してはならぬ。
 姦淫してはならぬ。
 盗んではならぬ。
 隣人に対して偽証してはならぬ。
 隣人の家を貪ってはならぬ。(p237~238)


  有名な「十戒」である。ヤハウェがモーセに教え、モーセが民衆に伝えるという順番が守られる。「おまえ」とは民衆全体を指すようだ。五項目目以降はどんな社会であれ、社会が成立したと同時的に整備されたと考えられる法規で、法規としてもっとも原型的で土台のようなものだ。これにたいして前の四項目はヤハウェ信仰に関係している。四項目が比較して新しいのかはわからないが、これだけ唯一神ヤハウェを頑ななまでに強調し原始的法規に併存させるのは、やはりのちにユダヤ・キリスト教として成立するこの宗教の特徴ではないか。ヤハウェ神は何度も書くが政治的軍事的神であり、またそのためにきびしいまでに結集と統合を命令する神である。契約関係といわれるが、神に安楽をもとめるのは順序としてその後だ。先に神に身を委ねなければならない。それにヤハウェの代理人たるモーセのもとに結集しなければならない。ヤハウェ神の偶像であっても偶像を拝む時間があればモーセを敬え、それがすなわちヤハウェ信仰になるのだからといいたいのだ。やたらにヤハウェの名を唱えてはならないという禁止事項も、ヤハウェとの直接の交流を望むよりも、モーセを通じてせよと言わんとするように読める。偶像禁止の項目の中略した部分に「わたしは妬む神であり」とあるが、ユーモアにも読めるがそれだけではない。

  「十戒」を教えられた人々だったが、さっそく違反する事件を起こしてしまう。「十戒」につづいてさらに刑法や民法の細かい規定を人々に布告してから何日か後に、モーセは再び山へ登る。ヤハウェの教えを聞くためだが、地上へ戻るまでに「四十日四十夜」の長期間を要してしまう。その間は当然人々には何の知らせもない。人々は不安に思ってモーセの兄アロンに相談したうえで金の耳輪を集めて溶かし、金の子牛を鋳造するという挙に出る。そしてそれをヤハウェ像として祭りその前に祭壇を築く。そのあとお祝いの食事や踊りを催す、というものだ。無理もないと思う。人々はその挙が「十戒」に違反することは重々承知しているものの、モーセが帰らぬ人となった可能性を思い銷沈する気分を発散したかったのだろう。また「古事記」に例があるが、アマノイワトに隠れてしまったアマテラスの気を引くために人々が賑やかさを演出したように、山の頂上に存命するであろうモーセに届けとばかりに大きな音を響かせたとも考えられなくもない。だが地上のその様子を知ったヤハウェは激怒するのだ。偶像をつくったからだが「皆殺し」にせよと極言する。読んでいてさすがに驚く。そこまではしないでくれとモーセはヤハウェに懇願し受け入れられるが、頭に血が上った頑固親父を必死になだめる息子みたいだ。話題が少しそれるが、モーセにかぎらずヤハウェとその時代の代表者との距離は時に応じて変化する。遥かとおくにいるヤハウェにわざわざ会いに行ったり、並んで歩いているようだったり、ヤハウェが作戦参謀のように耳元でささやいたりと動的で面白い。さて皆殺しを回避できたモーセだが、現場を見てやはり驚き怒る。立場のちがいというべきか。モーセも人間だから、もし地上の一員だったなら同じ行為に参加したとも考えられる。
  

いよいよ宿営に近づいた。すると、子牛と踊りが見えた。モーセは怒りに燃えて、手に持っていた板を投げつけ、山の麓で砕いた。そして、彼等が造った子牛を取って、火で焼いた。さらにそれをこなごなにすりつぶして水の上にまき散らし、イスラエル人に飲ませた。(p257)


 「板」とはヤハウェの教えが書かれた石の板で山からもちかえったものだ。金粉入りの熱湯と考えられるものは、註釈によれば「一種のくかだち」とある。くかだちとは、罪の有無を判定するために被疑者に酷い仕打ちをしてもし健康被害がなければ被疑者は無罪と判断されるという古代の儀式であるそうだ。そこまで懲罰をくわえたモーセだが、民はモーセから見ると「手がつけられな」い様子で「立ち向かうのも恐ろしいくらいであった。」モーセや著者の思い入れなのだろうか。単に酷い酩酊ぶりにすぎないものが、いちじるしい道徳的堕落に見えたのか。それとも偶像をつくることでヤハウェに急激に接近することができたという人々の宗教的熱狂をあらわすのか、判断できない。何も書いていないが、モーセが言葉をかけても食ってかかるくらいの勢いがあったのだろうか。そこでモーセは「皆殺し」まではいかないが、彼の属するレビ族にヤハウェの言葉を伝えて『おのおの腰に剣をつけ、宿営の中を一軒残らず行きめぐって、おのおのその兄弟、友だち、隣人を誅せよ』と命じる。結果「倒れた者が約三千人」となる。地獄である。

  金の子牛をつくったくらいでは何の実害(人的、経済的損失)もないのに戒律に反したというだけでここまでやってしまうのだ。宗教的純粋性を汚したというならその回復は、それこそヤハウェの権威でもって可能だと思うが、一度犯した罪は看過できないというのだろうか。エジプト人殺しよりも、この同族殺しのほうがいっそう血の匂いが濃厚に私には感じられる。現代の独裁国家の政治弾圧にもつうじるものがある。

  ヤハウェがモーセに言った。
「さあ、ここを出発して、おまえは、エジプトの地から導き出した民を引き連れ、わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓って、『おまえの子孫に与えよう』と言った、その地に行け。おまえの先頭にわが使いを遣わす。〔そしてカナン人、アモリ人、ヘテ人、ペリジ人、ヒビ人、エビス人らを追い払おう。乳と蜜の流れる地に向かえ。〕ただし、わたしはいっしょに行かない。おまえたちは度しがたい民だから、途中でわたしが怒って滅ぼしてしまうかもしれないのだ」(p260)


  カナン人以下の部族民はイスラエル人の故郷とされるカナン地方やその近隣地域に定住する人々であろう。彼等もまたイスラエル人にとっては侵略し屈服させるべき敵なのだ。このように「出エジプト記」は明白に侵略的な書である。後半部のヤハウェが同行しないという言葉をめぐっては、ヤハウェとモーセのあいだに叙情的な会話がつづくが、今は酔いたくないので割愛する。
         (了)  
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出エジプト記(1)

旧約聖書 (中公クラシックス)旧約聖書 (中公クラシックス)
(2004/11)
中沢 洽樹

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  「創世記」において神ヤハウェはアダムにはじまる同じ一族のリーダー格の男を選んで助言し命令した。また庇護した。親から子へ孫へと世代交代するごとにリーダー(族長)も交代するから、その度ごとにヤハウェはその男とともに一族の歴史を作った。そしてヨセフの時代になると一族はエジプトにこぞって移住した。ヨセフはエジプトにおいて王パロに次ぐ地位にまでのぼりつめたが、そのあとは一族は没落したようだ。ヨセフの父ヤコブは別名イスラエルといい、ヤコブの子孫はイスラエル人と呼ばれるようになった。もはや一族と呼ぶべき範囲を超えた集団としてとらえられるのだ。イスラエル人は順調に人工を増やしていったが、全員が煉瓦造りの奴隷的な労働に従事させられることになる。そこでイスラエル人のなかからエジプトからの脱出とカナン地方への帰還が願われることになり、出現したリーダーがモーセである。モーセは「レビ族」の出身で、ヨセフの血筋とは無縁のようだがイスラエル人と見なされている。その全体のリーダーがモーセになるからヤハウェの見わたす範囲も拡大したことになる。「創世記」では親子、兄弟、夫婦の物語が主だったが、「出エジプト記」においてはイスラエル人(ユダヤ人)全体の物語となる。後に民族と呼ばれる集団だ。ヤハウェはイスラエル人固有の神でありエジプト人は勿論、故郷のカナンやその周辺地域の定住民であってもヤハウェに帰属するまでは異族なのだ。

  モーセはイスラエル人のなかからリーダーとして選抜されたのではなく、ヤハウェが一方的に抜擢した。喧嘩が強いというエピソードがあるが、ヨセフのように自他の夢判断ができるというような並外れた能力とはいえない。また訥弁で人前で話すことを苦手にする男である。モーセ自身もヤハウェの命令(召命)に尻込みするのだが、そこは引かないヤハウェだ。魔法の杖を授けて彼に権威を与えて承服させる。

  ヤハウェは好戦的である。また神にたいして言うのもおかしいが自信家である。モーセをつかってパロを挑発する。最初はパロに〈われわれの神を祭るために荒野に行かなくはならない、そのための暇をください〉とイスラエル人を代表して申し入れるがあっさりと退けられ、しかも以前よりも労働を過重にされる。そこでモーセは魔法の杖で、蝗や蛙や虻を大量発生させてエジプト人を困らせる。さらに疫病を流行らせたり、エジプト人や家畜の初子をことごとく死亡させるというテロを行使する。ヤハウェはパロを挑発して弾圧を促すのだ。牧歌的なベールがかかっているが一連の行為全体がテロかそれに近いものであり、今日の政治的常識からすれば、エジプト王は「目には目を」で、ただちに暴力的反撃をして然るべきだが、何故かためらう。これは労働力としてのイスラエル人を保持しておきたいからだが、ずいぶん呑気に映る。堪えかねてイスラエル人に「暇」をいったんは出すが、どういうわけか既にエジプト脱出を開始したイスラエル人を後から軍隊をつかって追跡する。ちぐはぐぶりだ。だがヤハウェにとってはようやくエジプト人を本格的敵対に誘い入れることができたので念願がかなったところだ。
  

彼等はスコテを出発して、荒野の端のエタムに宿営した。ヤハウェが彼らの前を行き、昼は雲の柱で彼らを導き、夜は火の柱で彼らを照らしたので、彼らは昼夜を分かたず行進した。昼は雲の柱、夜は火の柱が、民の行く手を離れなかった。(p214)


  このあとに有名な「海が割れる」奇跡がヤハウェによって起こされる。モーセが杖をかざしてそれはなされ、イスラエル人の群れは海の中の乾いた道を進み、追ってきたエジプトの軍隊がそこを通ったときにヤハウェによって海は元通り閉じられて軍の兵馬は沈む。ユダヤ・キリスト教徒や支持者にとっては痛快で、壮大さを感得するところだろうか、わたしはそれほどには受け取らないが。それよりも後段の「邪教」にたいするヤハウェの苛烈な憎しみに興味が湧く。

  モーセ一行のイスラエル人は六〇万人と書かれているが、実際には六千人にも及ばなかったと注釈にはある。一行はシナイ山という山の麓にしばらく滞留する。その山にヤハウェが降りてきてモーセと対面することになる。エジプトとの戦闘においては彼はもっぱら軍事・政治上のリーダーであったが、ここでは宗教的リーダーとしての務めを果たすことになる。もっとも、ヤハウェという神自体が民族の興隆を押しすすめることを主目的とするので、ときに戦争を敢行したりときに宗教的であったりするに過ぎない。モーセもその変幻に引っぱられるのだ。モーセはヤハウェの命ずるままを一行に告げる。神との対面のために三日間の準備をせよと。すなわち、衣服を洗い、山に柵をして誰一人のぼらぬようにする。山に手を触れただけでもだめで、その場合は死刑となる。また三日間は異性に接触することも禁じられる。おそらく「民」はモーセの言いつけに整然と従ったのであろうし、政治=宗教的リーダー(独裁者)としてモーセをあらためて承認させられたのだろう。やがて三日目の朝となると「雷鳴と稲妻と密雲が山をおおい、角笛の音が鋭く響きわたった。そのために、全宿営の民がふるえあがった。」さらに活火山のように激しい火と煙に山がおおわれ震えるなかをヤハウェが降りてくる。民は恐怖にとらえられはげしく狼狽する。ヤハウェは苛烈だ。恐ろしさを民の骨身にまで知らしめることによって民の絶対服従を強制するのだ。ヤハウェ信仰は人々のなかにそれぞれのかたちで育まれてきたと想像されるが、神の柔和さはここにはない。たまらなくなって民はモーセ一人にのみ神との対話を委託する、あるいは押しつけることになる。こわいことは御免だと思わされるからだ。かくして個人次元での信仰はともかく、公共的な次元での神の言葉の受信と発表はモーセの役割となる。最初の預言者ということになるし、さらに政治的統率者でもある。
  

民はみな雷鳴と稲妻と角笛の音を聞き、また、煙におおわれた山を見て、恐れおののきながら遠くに立っていた。そしてモーセに言った。
「あなたがわれわれに話してくだされば十分です。われわれは死にそうです。どうか神が直接われわれに語りかけないようにしてください」
  そこで、モーセは民に答えて言った。
「恐れることはない。神がお下りになったのは、おまえたちを試みるためであり、おまえたちの敬神の念を新たにし、罪を犯させないためなのだ」(
  民は依然として遠くに立っていたが、モーセは神のいる黒雲の中に近づいていった。p235)


 「創世記」のなかのノア時代の洪水やソドムの滅亡もヤハウェの力の行使であったが、ヤハウェであることを知っていたのはごく一部の人に限られていた。ソドムの死んだ人々は「硫黄の火」がヤハウェの意思によるものだとは最後までわからずに天変地異としか思えなかった。だがここへ来て、イスラエル人全体の前に、ヤハウェは半面死の脅迫をもたらす者として顕現した。  


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ALWAYS 三丁目の夕日(2005/日本)

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(2006/06/09)
吉岡秀隆堤真一

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  昭和三〇年代前半の東京の下町が舞台となっている。建設途上の東京タワーがCGで再現されて映画の進行につれて完成に近づくという仕組みだ。一九六〇年代の高度成長の前夜の時代で、私は東京ではなく大阪で育ったが、この頃の雰囲気は子供としては知っている。戦後復興が一段落ついて、人々は少しずつ裕福になっていったものだ。テレビ、冷蔵庫、洗濯機という家電製品が手が届くようになった。それでも、それらの製品が各家庭に一機にそろったのではない。この映画に描かれるように先にテレビを購入した家に近所の人たちが集まって、喝采しながら見たものだ。家庭単独で見るよりもそれは独特の楽しさがあって、テレビを購入し終えてもその楽しさを味わうために、わざわざ人の集まるテレビのある家庭に行ったこともある。考えれば、あの時代は人々の社会的な欲望が一致した頃である。欲しいものは誰でもが、テレビ、冷蔵庫、洗濯機であり、少し裕福な人は自家用車であった。欲望が一致することで、それを享受することに参加する喜びもひとしくあった。

  だがそういう欲望の共通項が、人々にはたして無条件的に連帯をもたらすのだろうか。そうでもないように思えるが、この映画はなにかしらそこに楽観的な見方を導入しているようにみえる。また、裕福になりかけた貧乏人が活気があるのはわからなくもないが、すでに人に抜きんでて裕福さを獲得した人は、逆におしなべて冷淡で孤独なのだろうか。売れない作家の吉岡秀隆に育てられた子供を引き取りに来る小日向文世がそういう役を演じているが、小日向の演技はうまいことはともかく、うすっぺらな人間観ではないだろうか。

  その子供はいったんは小日向に引き取られかけて、吉岡と別れがたくまた戻ってくるのだが、感動どころか、しらけてしまった。金持ち=冷淡という型にはまった人間観が終盤近くでいきなり顔を出して邪魔をしたようだ。
★★

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イングロリアス・バスターズ

  ブラッド・ピット率いる特殊部隊がヒトラー爆殺作戦を企てるという話。戦争アクションとしては、こういう話はとくに目新しいものではない。むしろ飽き飽きしているといってもいいくらいだから、話としてではなく、どんな風に工夫を凝らして見せるかというところに出来映えがかかってくる。戦争という背景を杓子定規にとらえるのではなく、時代劇一般の舞台として、また多分に喜劇的な扱いをしたことがいいのではないかと思った。ヒトラーとゲッペルスは、いってみれば悪代官と越後屋のように見えなくもない。また彼等二人が連合軍の進攻せまる一九四四年のパリで仲良く映画を見るというのも架空のことだとは思うが、かえって面白い。

  いかに見せるかという問題意識をクエンティン・タランティーノ監督はもっている。視聴者の相撲でいう「立ち会い負け」をつくりだすのだ。パリの居酒屋に集結した、ドイツ兵に化けた連合軍のスパイ連。連合軍に通牒したドイツ人の女優も混じっている。本物のドイツ兵もいるなかにゲシュタポ兵もいて、くだんの連中をあやしむ。やりとりがあったあとゲシュタポ兵はついに正体を見破り銃口を突きつけるが、スパイのなかの一人もテーブルの下でゲシュタポ兵の股間に銃口をさだめている。まわりのドイツ兵も武器を用意する。さあ、どうなるか!撃ち合いになれば両方とも死ぬ。それを双方とも意識する少しの時間が流れる。緊張感あるしじまだ。視聴者は双方が睨みあったまま休戦に持っていくのではないかと考えて、緊張がゆるむ。まさにその瞬間に壮絶な撃ち合いが起こるのだ。これが視聴者が「立ち会い負け」するという意味で、気圧されながらの爽快さがもたらされる。撃ち合いもあっという間に終わる。個々の動きを追い切れないことがまた爽快だ。

  炎が立ちはじめた映画館のスクリーンには、映画館主であるユダヤ人女性のナチスとヒトラーへの呪いを込めた絶叫が映される。もっと語るのかなと思うと意外に早く打ち切られる。そしてまもなく爆破のシーンへとつづく。間髪を置かずということをタランティーノ監督はここでも意識している。編集の妙だ。

  逆に会話の長さを視聴者に意識させる冒頭の場面もいい。クリストフ・ヴァルツが演じるナチス将校が、ユダヤ人を匿っているとおもわれる農家を訪ねていって、その主人を取り調べるのだが、フランス語で喋っていたヴァルツが、フランス語よりも英語のほうが得意だから英語で喋ろうと言いだして農夫もつきあわされる。この場面を見終わった後、取り調べの方法としては巧妙だと唸った。フランス人にとってはいうまでもなくフランス語が母国語で英語は外国語。外国語で話すとは、思っていることを外国語に置き換えることだが、思っていることをはっきりさせたうえでそれを素直さをもって外国語に置きかえることが通常だ。つまりはこの場面の場合、ユダヤ人一家を床下に匿っていることを明瞭に意識しなけれなならず、嘘を言うとは、その反対のことを注意深く外国語に置きかえなければならない。思っていることを素直に外国語で話すよりも、嘘を言うほうが、外国語との距離感ができるのではないか。比較して緊張をともなうのではないか。外国語で事実を話すことには慣れられても、嘘をつくことにはなかなか慣れることができない。そういえばわかりやすいか。外国語をあやつれない私がこんな推測をするのは生意気だが。ましてや相手はやり手のユダヤ人狩りだ。堪えきれなくなって農夫はついに白状してしまう。ここでは農夫は「立ち会い負け」ではなく、じりじりと寄り切られる。
★★★★

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