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大洋ボート

バットマン(1989/アメリカ)

バットマンバットマン
(2000/04/21)
マイケル・キートンジャック・ニコルソン

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 このシリーズは最新作の『ダークナイト』をはじめ何本か見たが、しっくりこない思いが残った。どうしてだろう、たぶん、単純明快なヒーローアクションとの先入見がどこかにあった。痛快さをもとめていたのだ。だがそれほどのものはえられなかった。わたしはまちがっていたらしい。製作者の意図はわたしの先入見とは少しずれたところにあった。このシリーズ第一作を見てようやく納得できた気になった。

 マイケル・キートンのバットマンよりも、悪役のジャック・ニコルソンのジョーカーを主役に見立てたほうが見やすくなるのだ。彼は架空の都市ゴッサムシティを恐怖におとしいれる犯罪集団の頂点に立つ男だが、犯罪の被害を真面目に受け取って憤慨するよりも、彼のいじめっぷりを苦笑しながら楽しめばよいのだ。いじめはよくないし、いじめられるのも御免だ。だが私たちの心のなかには正直なところ、いじめを面白く思ってしまう感性が十のうち二、三割は残っているのではないか。その感性をジャック・ニコルソンは見事に、醜悪さをもあわせて引き出してくれる。「いじめは面白い」というひん曲がった人格を芝居っ気たっぷりに見せてくれる。よくあれだけ痛快さを響かせる笑い声がつづくものだと感心させられる。

 なかでも、美術館にかざられた歴史的名画のかずかずを落書きしたり、ペンキで塗りたくる場面は秀逸だ。白塗りの顔に、ベレー帽にスーツにブーツという狂ったコスチュームで、ダンスミュージックにあわせて軽く踊りも交えながら、例のけたたましい笑いでやっていく。手下がでかいラジカセをもってついていくのだ。だからといって無論、ジョーカーに心底共感できるというもでもないが。

 バットマンはたしかに強い。空を飛ぶことができるし、弩級の戦闘車両も駆使する。だが手下とばかりの格闘で、ジョーカーにはなかなか追いつけない。そうこうするうちに、ジョーカーの仕掛けた毒入り化粧品で女性がばたばた死んでいく。(その死に様がまた苦笑ものだ)それに彼は普段は青白さの残るブルジョアのお坊ちゃまで、老いた執事とともに豪邸で孤独に暮らしている。その表情に憔悴の色が浮かぶとき、してやったりというジョーカーの「痛快」さの目で私は見させられた。勧善懲悪の原則ははずせないのか、ジョーカーにも最後がくるが、それでもマイケル・キートン(バットマン)にとっては、やっとこさの感がある。

 単純で明朗で絶対的に強い。こういうヒーローの活躍する時代はとっくの昔終わったのかもしれない。

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12人の怒れる男

 チェチェン人少年の義父殺しの裁判が結審し、十二人の陪審員による審議がはじまる。場所は臨時に設けられた小学校の体育館。裁判所が改築中らしい。裁判の描写は省略されているが、どうやら有罪が濃厚な雰囲気である。陪審員はそれぞれ忙しい様子で落ちつかない。手っとり早く有罪判決を出して自宅やら予定の場所やらへ行きたがっている。だがたった一人の男が無罪を主張して審議は長引くことになる。

 推理劇としては少々荒削りの印象がしないでもない。わかりやすくするならば、陪審員のなかのいくつかの有力な主張を再現ドラマにして、少年や義父や「真犯人」や目撃者を登場させればよかったのだろう。あとはそれを比較検討すればよい。だが監督ニキータ・ミハルコフの狙いはそこにはなかった。陪審員それぞれがもつ人生経験とそこから自分流にひきだされた「真実」を吐露させること、またエリツィン以来の「自由」と資本主義が押し寄せてきた新生ロシアの社会的現実(その荒廃)をあぶりだすこと、それにひところ激しかったチェチェン戦争、このあたりにあったと思われる。三者は無論関連するのだ。推理の「論理」だけならば、論議はもっと早くすすむだろうが、陪審員は自分の人生経験からえられる「真実」で肉付けしたい。そうすることでその「論理」をより強固なものに完成させたいのだ。たとえば殺害に使われたナイフは少年の所持していたナイフときわめて酷似していた。犯人が少年でないならば、何ゆえナイフは酷似していたのか、という問題だ。(少年の所持していたナイフはどこにあるのか、無くしたのか、映画中では説明がなかった)そのナイフは市場で容易に手に入れられるナイフだとしても、あまりにも偶然が過ぎるのではないか、これが少年犯人説の有力な根拠で、それを支持する陪審員も多い。だが反対者は「奇跡」は起こりうると、みずからの人生に照らし合わせて、食いつくように語る。会社社長は、現在の妻と結婚できて酒びたりのどん底生活から這い上がることができた。その出会いは「奇跡」そのものだったと。また別の男は父の「奇跡」を語る。大戦当時リトアニアに住んでいた父は、危険覚悟でナチス将校の愛人に手を出した。子ども時代にその女の写真を父に見せてもらったが、この世のものとは思えない美しさだった。父の気持ちがわかった。戦争が終わると語り手の実母と離婚までしてその女と晴れて一緒になったと。「奇跡」「偶然の一致」を肯定的に説明するのに、それぞれがここぞとばかり人生経験を引き合いにして、長々と「自分語り」をするのだ。陪審員ひとりひとりの判断が被告の少年の運命を大きく左右する。すっきりした論理だけでは後悔がのこるというのだろうか。

 さらに最後のほうになると「論理」は「信念」にまで傾いてくる。隣のビルにすむ老婆の目撃証言はずさんだった。犯行時間は夜で明かりもついていなかったので、視認はできそうにない。「殺してやる!」という少年の叫び声を耳にしたが、それも距離や騒音の関係であやしい。ところで、老婆は少年とその義父であるロシア人将校と懇意にしていた。義父がそのころ愛人をつくっていたことも知っていた。そこで老婆は自分のロシア人将校に対する嫉妬感情を少年に投影したのではないか、これがある陪審員の類推である。その主張に対してそれまで頑強に有罪説を下ろさなかったタクシー・ドライバーが、自己体験を披露する。老婆のではなくて、少年自身の嫉妬感情を大いにありうると断定する。何故なら彼の息子も父の二度目の妻に対して執拗に嫌がらせをしてなつかなかった、父を盗られたという思いがあったのか。だが随分時間が経ってから息子は父(語り手)に泣いて謝ってくれた、抱き合って私も泣いたというのだ。血のつながりのない家族であっても、時間をかければ仲良くなれるといいたいのだろう。息子と真につながりを持てた、という実感がタクシー・ドライバーにはある。さらに敷衍して彼はチェチェン人の少年もそうやすやすと義父を殺したりはしない、と自分の息子を老婆とはまったく逆の見方で少年に投影して見せる。「論理」ではなく「信念」や希望なのだ。またこのタクシー・ドライバーは最初の妻が逃げて、アメリカ人の元に走ったという新生ロシアの「洗礼」を受けている。そしてついに彼も主張を変える。

 商売上、あくどい仕掛けをして賄賂を稼ぐと告白する陪審員もいる。この言は重要で、地上げ屋の暗躍説を浮かび上がらせ、たいへん説得力をもたせることになる……。

 チェチェン戦争が、短い時間だがふり返られる。猛烈な機銃掃射、一転して戦闘が終わって戦車の上に犠牲者が横たわる、どしゃ降りの雨のなかで。さらに殺されてしまった少年の実の父母、これらの映像がなかなか効果的だ。注文をつけるとすれば、大部分が字幕の上映時間一六〇分は疲れる、ということか。(わたしは二回見た。大事なところが記憶から抜けてしまったので)それでもロシア人に対しての見方を少しばかり変えられるチャンスをもらった気がした。ロシアといえば、周辺の小国や独立志向の強い自国領土内の民族をいたずらに軍事的に踏みにじる大国のイメージが強いが、すべてのロシア人が自国家のそういうあり方に追随的ではない、批判的であることがわかる。資本主義の金儲け一辺倒の悪い面も冷静に観察できている。チェチェン人への偏見の是正もあって、ロシア人の良心を見た気がした。
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プラトーン(1986/アメリカ)

プラトーン (特別編)プラトーン (特別編)
(2008/03/05)
トム・ベレンジャーウィレム・デフォー

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 ベトナム戦争が舞台。ベトナム民間人に対する殺戮をめぐっての積極派と否定派の深刻な対立を新兵チャーリー・シーンの目をとおして描く。前者のリーダー的存在がトム・ベレンジャーで、顔面にむごたらしい傷を残している。復讐心のかたまりのような人物で、部隊内でも冷酷で傲慢だ。これに対してウィレム・デフォーは良識派で、無闇な殺害は断固否定する。チャーリー・シーンもその立場だ。それぞれを支持する兵がいて、自然に派閥が形成される。だがこの対立はそれほど整然とはしていない。チャーリー・シーンのなかで理性というものがたいへん危なっかしいことを見せてくれる場面がある。

 小隊が索敵のために小さな山村をめざすが、その集落の手前の場所において同僚の兵が木にくくられて殺されていた。これで部隊全員が殺気立つ。集落にはいると荒っぽいガサ入れをして、北ベトナム兵がかくまわれていないか探索する。女性と老人が大部分だが、若い男が一人いて、これが何やらチャーリー・シーンに向かってわめきつづける。調子の外れた笑いも交え、言葉が理解できないのでチャーリーは挑発された気になってしまう。すっかり興奮して言い返すどころか、その男の足もとに銃弾を雨のように浴びせるが、男の理解不能な、もしかしたら反抗的な態度はいっこうに改まらない。チャーリー・シーンの理性的忍耐も限界かと思われる場面で、こういうことは戦場において起こりがちなのではないかと唸らされる。言葉がたがいに通じないことが苛立たしさを必要以上に高めてしまうのだろう。視聴者を虜にする。この若い男だが、あとからそこへやってきた別のアメリカ兵によって銃殺されてしまう。さらにトム・ベレンジャーが兵隊たちによって詰問されていた女性数人を殺そうとしたところを、ウィレム・デフォーが駆けつけてきて激高して制止する場面へとつづく。

 この殺戮肯定派と否定派の対立はさらに抜き差しならなくなるが、このあたりからは戦争の現実を踏まえるよりも、映画を盛り上げるため、またオリヴァー・ストーン監督の反戦的な主張を刻みこむため、やや強引な物語の展開となる。だがトム・ベレンジャーやチャーリー・シーンの行動は驚くに値する。

 「戦争の現実」かもしれない場面には愉快さもある。チャーリー・シーンが大麻を教えられるところ。ウィレム・デフォーがチャーリーに銃口をくわえさせて開いた弾倉から口に含んだその煙を吐き出す。受け止めてくらくらするチャーリー。部屋にいた兵たちがやんやの喝采。こういうことで仲間になっていくんだろうなあ、と思わせる。それにつづいての男同士のダンスパーティ。題を忘れたが、スモーキー・ロビンソンの名曲が流れていた。

 もうひとつ。遺体を被ったシートが離陸するヘリコプターのプロペラの風によってめくれあがるところ。何気ないが印象に残った。

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雲南の花嫁

 昨年公開された『雲南の少女 ルオマの初恋』がいい思い出を残してくれたので、同じチアン・チアルイが監督ということもあり見たが、ちょっと期待はずれだった。『少女』の主演女優リー・ミンのピュアな空気が素晴らしく、作品全体の空気までにもなっていたが、『花嫁』のチャン・チンチューはそこまでには至ってはいない。前者のリー・ミンは計算以上の効果をかもし出していた。新人女優と新進女優のちがいということか。

 この作品への不満を挙げておこう。少数民族のイ族は結婚した男女は三年間別居しなければならないというしきたりがあるのだという。チラシにもこれが書いてあったので、そういうしきたりに苦しむ若い男女の物語かなと思ったが、ちがっていた。まったく苦しみがない。というのもチャン・チンチューがお転婆ぶりをいかんなく発揮して花婿のイン・シャオティエンに会いに行くからだ。たがいの身内にもすぐに知れわたるが、「親の恥だ」と身内は嘆くだけだ。強制力を持って二人を引き剥がすことはない。その一家が村八分にあうこともないし、それを咎める地域の法規があるのでもないらしい。これは拍子抜けした。勿論そういうしきたりはないほうが若い男女にとっては自然だし、現代社会としても好ましい。だがそういうこととは別に、それではこの映画が描こうとしたしきたりとは何なのか、単に形骸化してしまったものの名残なのか、いっこうにわからない。設定の意図もわからない。

 イン・シャオティエンは十人たらずの若い女性で構成する竜舞隊の教官をしている。竜の人形をメンバーが一本ずつの竿で掲げて竜の動きを創りだす舞踊である。テレビ映像で見た人も多いだろう。チャン・チンチューはここにも押しかけていってメンバーの一員になってしまう。ここまできたらしきたりなどなんのその。彼女はリーダー的存在にまでなってしまう。さらにメンバーの一人の窮状を救うために夫には無断で、ビール会社の広告のために竜舞隊を使う。出演料をその女性の親の借金にあてるためだ。これも竜舞隊としてはしきたり違反である。夫は当然激怒するのだが、ここでも社会や地域の反応がつかめない。若い夫婦の喧嘩という以上には見えない。

 悪口ばかり書いたが、好印象をもたらしてくれた要素もある。棚田こそ出てこないが、雲南の手付かずの自然やら古い家並みやら寺院やら。それに赤を基調にした華麗な民族衣装も見どころ。雲南省はベトナムに国境をせっしているが、私には中央アジアの系統の衣装に見えた。

    00:09 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

六月の湖

若い男が
チンパンジーの手を引いて歩く
六月の湖の畔

男は子どもを亡くした
その子とちょうど一年前も
この湖の畔を歩いた

子どもとチンパンジーと
いかなる関係にあるのか
心のくらがりに嵌めこむべき面影たりうるのか

六月の湖はまばゆい
その健康な光は行きどころがなく
飴のようにどろどろして倦んでいる

アイスクリーム売りが自転車でやってくる
誰もいない六月の湖に
土も冷え冷えしている

男は気を回すのでもなく二つ買う
チンパンジーはひと舐めしてから落とす
アイスクリームを手足で汚して遊ぶ

湖の対岸の山並みは低い
湖面よりも低いくらいだ
ひと匙の残雪もありはしないだろう

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ミラーナ・テルローヴァ『廃墟の上でダンス』(4)

 選別収容所と呼ばれる地獄の施設がある。チェチェンに数十ヶ所あるとミラーナは書いているが、ミラーナの気の重さが伝わってくる。ロシア軍が一つの村なら村に掃討作戦をかけた際、従順な態度をとらなかったり挙動不審に見えたりする人物を、有無を言わさず連行してぶちこむところだ。拷問は日常茶飯事で、殺される場合もある。女性ならレイプされる。また例によって賄賂の横行するロシア社会だから家族が大金を積めば釈放してくれることもある。死体も金を積めば返してくれる。また臓器売買も行われているという。何年か前に、アメリカ軍のイラク人捕虜収容所における虐待問題がクローズアップされたが、この「選別収容所」はそれを上まわる非人道性がある。というよりもロシア軍は、と言い換えたほうがいい。

 ミラーナの友人のムーサもここに入れられた。二〇〇〇年二四歳のときだ。「通路」と呼ばれる暴行を最初に受ける。二列に並んだロシア兵の間を歩かされ、両側から棍棒が雨あられと降ってくる。手でかばっても無防備になったところを撃つので打撃は防げない。そして倒れたら即刻殺される(そう告げられたのか?)ので、歯を食いしばって通り抜けなければならない。通り抜けるとほっとするのだが、これは最初の「ウォーミングアップ」にしか過ぎない。五人一組の監房に入れられて、「日課」としてその中の一人が拷問の対象者として選ばれるのを待たなければならない。誰を指名するのかはロシア兵の恣意か、ともかく事前には知らされないようだ。しかも「通路」によって既にほとんど全員が大きいダメージを受けている。 

 それから毎日兵隊がやってきて、日課の拷問のためにぼくらのうちの一人を連れ出す。連中はドアを開けると、まず数分のあいだぼくらをながめまわすのさ。そのときの薄ら笑いが忘れられない。あれこそ最悪の瞬間かもしれないな。だって、そのあいだずっとほかの誰かが選ばれますようにって願わざるをえないわけだから。隣に寝そべってる若いやつを見て、こいつはどうせ死にそうだから、代わりに犠牲になってくれないかなってね。そして実際にそうなると、安堵のため息のあとから吐き気がしそうな自己嫌悪が襲ってくる。(p149~150)



 詳しくは書かれていないが、ムーサもまた独立派で第一次戦争のときは戦った人らしい。自己犠牲的精神を発揮した人が、本能的なエゴをどうすることもできずに震えている。誰しもが自分だけは助かりたいという思いを消滅させることはできない。だが「吐き気がしそうな自己嫌悪」とは、これは体験者でなければわからないことかもしれないが、とにかく切り立つような倫理的な感情だ。他の人ならもっと愚鈍になりうるのだろうか。私には何とも言えない。そして拷問部屋からは連日すさまじい声が聞こえてくる。耳をふさいでも頭蓋骨に響いてくる。「どんな声かなんてとても説明できないね。聞いた者でなきゃわからないよ。」

 私は映画『麦の穂を揺らす風』の一場面を思い出した。北アイルランド紛争を描いた作品だが、収容所でメンバーの一人が指の爪を剥がされる拷問を受ける。別の部屋に閉じ込められたほかの多くのメンバーにその悲痛な声が届く。その際励ましのために彼らは抵抗歌を合唱して当のメンバーに聞かせるのだが、見ていてつらかった。歌の励ましよりも痛覚のほうがなまなましく伝わってきた。映画は視覚と聴覚に直接に響いてくる。書物の場合は言葉がフィルターとなるので、映像は喚起されるものの生(なま)の刺激は減殺される性質がある。だから映画よりも残酷さが上まわることがあっても耐えられるようだ。この本の今書いているような場面は、もし映画が丹念に描写したならとても正視できないだろう。
 
 書物も映画も想像を刺激し、また考えさせられる。すべての日本人がそうとはかぎらないが、私は少なくとも平和な環境に取り巻かれていて、些細なことで収容所にぶちこまれて地獄を刻印されるチェチェンの人々とはその生はまるでちがう。この落差には目を瞠らなければならないだろう。別に私が自分の平穏さに後ろめたい気持ちを持つことはない。またチェチェン人への同情をことさら増幅させなければならないのでもないとは思うのだが。

 さて当のムーサだが、いくつもの種類の拷問を受けた。記すのもいやだが、電気、手の串刺し、ヤスリによる歯の切削、タバコの火の押し付け、指・あばら骨の折損等。だが彼は覚悟を決めていたにもかかわらず、幸いなことにロシア人将校と交換されて釈放されたのだった。ほかにも例を出しておこう。従兄のイルヤースという人も助かった一人。ロシア兵の一人がたまたま彼と生まれ故郷が同じだったことを知って、家族に連絡してくれて、家族が金を出して釈放された。だがなんと他の四人の仲間は、静脈にガソリンを注射されて殺されてしまった。(他の例では、複数人がロシア兵にロープで一緒に縛られて手榴弾で全員殺されたという、なんともむごたらしいやり方も紹介されている)

 「22、サラウディの伝説」では選別収容所から果敢に脱走した男が取り上げられている。二度と出られない、つまり全員が殺される運命にあるといわれるハンカラという場所の選別収容所に当のサラウディは入れられた。そして先ほどのムーサ以上の拷問を受けてぼろぼろになった。だがサラウディは彼をいたぶろうとして監房に一人で入ってきたロシア兵を殺し、制服と武器を奪って身につけて、怪しまれることなくハンカラを脱走することに成功した。曲折は省略するが、彼は家族のもとにたどり着くことができた。家族はFSB(ロシアの諜報機関)と交渉し「莫大な身代金」を払って見逃してもらった。何しろロシア兵殺害犯だから金額はつりあがるのだろう。サラウディの実話は村の伝説となった。だがサラウディ本人はそのあと平穏に暮らすことはできなかった。悲痛だ。

 でも、サラウディも「ハンカラに入ったら二度と出られない」というジンクスから逃れることはできなかった。家族のもとに戻ってきたサラウディは、もはや以前のサラウディではなかったのだ。麻薬におぼれ、家族や友人を罵りまくり、麻薬を手に入れるために相手かまわず盗みを繰り返すようになった。そして半年後に弟と大喧嘩をして、力の余った弟に押された拍子に階段からころがり落ちて死んだ。ハンカラから奇跡的に脱出したサラウディは、こうして弟によって――故意ではないとしても――殺されたのだ。(p155~156)


 好奇心や慢心によって麻薬に手を出したとはとても思えない。死に、顔をこすりつけられるほどの暴力をこうむった人は、とてもその記憶の生々しさから逃れることはできないのではないか。逃れようとしても追ってきて全身を捕捉される。恐怖と幻覚に支配されてとてもうち勝てない。生理と精神が破綻してしまったのだ。またはげしい暴力を受けたことによる肉体的後遺症の問題もある。薬による幻覚にすがるしかないのかもしれない。ミラーナ・テルローヴァはこのあたり何も分析していない。記すべき事実を最低限追うだけだ。生半可を書くことを慎むのかもしれない。しかし私は書物にボールを投げ返してみたくて生半可を書いている。ボールがとどくかどうかはわからないが……。この物語にはつづきがある。母はショックによって二週間後に死亡。さらに弟は兄と同じように麻薬漬けになってしまった。現在は親ロシア系チェチェン大統領の私兵組織(カディロフツィと呼ばれる)に属している。サラウディばかりか、家族も滅びてしまった。

 ミラーナ・テルローヴァは戦った人にやさしい。このサラウディはじめムーサや前回紹介したアリなどの、戦った人がほとんど必然にみえる弱さの露呈に対して包みこむようである。ミラーナは彼等を忘れまいとする。彼等はミラーナとチェチェン人にとっては同志だ。しかも決して狭量な意味でつかわれる言葉としてではなく「同志」なのだ。将来にわたって彼女は語り継ぐだろう。戦った、また戦いつづける人々について、またチェチェンの困難な状況について。

 本書はすぐれた手記である。少女から大人の女性に成長する過程をとおして、自分や家族、友人をそしてチェチェンという「国」の十年の歩みを気負いなく綴っている。めげそうなりながらも生来の明るさで希望を捨てない。また「狂気と絶望」に陥らないように自他をいましめる姿勢も立派だ。ミラーナのような人がいるかぎりチェチェンは滅びない。楽観はとてもできないが、廃墟のなかで彼女(たち)は柔軟にしなやかに戦術を練りあげて独立への道のりを既に歩みはじめている。私の取りあげ方は暗い面にのみ傾いてしまった。だが明るいエピソードも豊富にちりばめられている。たとえば、空襲と砲撃を避けるため村の人々が地下室に退避している。そのときミラーナの親戚のおばさんがパンを焼いて持ってきてくれる。全員が分けて食べるのだが、そのときの味覚とあたりに広がる香ばしさは、凝縮された幸福感があって人々をうっとりさせる。たいへん印象的だ。
(了)
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ミラーナ・テルローヴァ『廃墟の上でダンス』(3)

 何ヶ月か前に見た映画『告発のとき』は衝撃的だった。イラク戦争に参加した若い兵士が、いわゆる心的外傷後ストレス症候群を深くわずらって殺し合いに巻き込まれるという話だったが、兵士のなかにこの症状が広範囲に浸透している印象を受けた。大きい暴力を目の当たりにしてその恐怖と幻影に悩まされる。平常心をうしない、あげくは浸みこんだ性癖として、自らも弱者に対して暴力をふるってしまう。暴力依存症とでもいうべきものの蔓延……。それを、特異な個人の異常な行為としてではなく、戦争参加者なら誰でもが陥ってしまいそうな病として描いていた。私はすこし反省を強いられた。それまでの戦争映画は、おおざっぱに言って、反戦であろうが好戦であろうが屈強な個人、つまりヒーローの目線で作られてきた。逆に弱者や病者としてあつかわれる人は『ディア・ハンター』のクリトファー・ウォーケンが好例であるように「特異な個人」であった。だが戦争とはそんな見方ではおさまらない、「心的外傷」をとってみても、もっと広範囲に浸透するのではないか、これまでの戦争映画は、そういうものを排除してきたのではないか。戦争映画、というよりも戦争に対する見方を変えなくてはならない。今さらながらそんな風に反省を迫られた。

 この本にも、戦争によって日常的な心のバランスをあっけなく壊されてしまってのたうちまわる青年のことが記されている。ひとつは、ナショナリズムという戦意と義務意識が日常意識を壊す。さらにはそのナショナリズムでさえ支えきれない、はげしい暴力を蒙ったあとの心の喪失がある。しかし、彼らを弱者と呼ぶことに私はためらいを覚える。今の私の意識では彼らの「愚行」は否定すべきだと自らに言い聞かせる以外にはないが、それにもまして奥底では深い共感を呼ぶ。共感といっては変だが、心がとても届きそうにはないが届かせてみたいという欲望に駆られる。同時に無力感も抱えこまされる。勿論、可哀想だなあ、と思わずにはいられない。その一方では、屈強な青年も多くいて、奮戦して見事な最後を遂げた姿も記されている。先にも書いたが、著者ミラーナ・テルローヴァはすぐれた聞き手であり記録者だ。

 「8、セダの消えた太陽」という項目がある。一九九五年、ミラーナがグローズヌイの一地区で避難していた頃である。新たにできた何人かの友達のなかにセダという女性がいた。たぶんミラーナと同じくらいの年頃と思われるので、一五,六歳だろうか。幼馴染でボーイフレンドのアリという男性(一七歳)がゲリラ部隊に入隊したのちに別れの手紙をよこした。彼の兄がロシア兵に殺されたからだ。父も兄の後を追うようにして死んだ。(死因は書かれていない)アリはセダにそれまでのつき合いを感謝するとともに、自分はもはや「憎しみと恨みしか」ない「抜け殻」状態である、セダにはふさわしい人間ではなくなった、愛はあるがとても一緒になってくれとはいえない、という内容だ。セダに頼まれてミラーナがアリの手紙を音読するのだが、セダが途中で口を挟む。

「アリは変わったどころじゃなくて、死んだようなものだったわ。復讐を口にするようになって、だんだんとそれが妄想みたいになっていったの。もうアリじゃないみたいだった。挑発的になって、戦わない人を罵るようにもなったし、前はいつも私の目をのぞき込んでたのに、あるときから視線を避けるようになってね。
(略)
 最後に会ったとき、もう私のアリはここにはいないんだってはっきり思った。だって、アリの目は空っぽだったもの。憎しみさえもない。何もないのよ。あのときアリは、私の姿を脳裏に焼きつけてどこかに持っていこうとしているような、そんな目で私を見たわ。私のほうは、以前のアリを見つけようと一生懸命になるのに疲れちゃってね。このまま行かせたら二度と会えないってわかってたけど、でも引きとめることもできなかった……何もできなかった……」(p61~62)

 兄を殺され父が死んだことによってアリの日常性は一挙に破壊された。同時に意識も壊されたのだ。セダの言葉は、手紙を受け取る以前にアリと最後に会ったときのことだろう。このときアリは別れを明確には口にしていない。だがセダにはわかりすぎるくらいにその内心がわかる。恋人同士の逢瀬では何かを隠そうとしても、隠そうとすること自体がまずわかってしまう。そして決定的に相手が変わってしまったことが否応なしにわかる。「あのときアリは、私の姿を脳裏に焼きつけてどこかに持っていこうとしているような、そんな目で私を見たわ。」恋人同士でしか踏みこめない痛みをともなう認識をさせられる。認識しようとしてするのではなく、直感がそうさせるのだ。だがショックだからといって投げ出そうとはしない。こらえつつセダは可能なかぎりアリに近づこうとする、陶酔もこめて、かつての楽しかった日々をそこに見出そうとする。「私のほうは、以前のアリを見つけようと一生懸命になるのに疲れちゃってね。」最後の逢瀬になりそうなことがわかっていながらも、どうすることもできない。それほどの厚い壁が現前する。このつらい別れによってセダの日常もまた破壊されてしまう。

 手紙の朗読が再会される。アリは復讐感情にがんじがらめにされている。ゲリラのほかのメンバーは独立とか伝統とか村を守るためとか、立派な志をもって戦っている。「でもぼくはちがう。セダ、ぼくはちがうんだよ。ぼくはただ家族がひどい目にあったからここにいるだけだ。殺すか殺されるか、ぼくにはそれしかない。」そしてつぎに、セダには「どうしても言えなかったこと」を打ち明ける。捕虜の無抵抗のロシア人を殺してしまうのだ。セダが兄の敵(かたき)をとりたがっていることを知っていて仲間がそのロシア人(兄を殺した男ではない、ただロシア人というだけ)を連れてくる。チェチェン・レジスタンスの捕虜の人道的扱いをあえて破ってもかまわないということだ。

ぼくはそのロシア兵めがけて、弾倉が空になるまで撃ちまくった。その弾と一緒に自分の憎しみも撃ちつくした。そうしたら、ぼく自身が空になってしまった。もう何もない。何も残っていない。その捕虜は、死にたくない、撃たないでくれと女みたいに泣いていた。それを撃ったんだ。これじゃロシア野郎と同じだよ。そいつは弾丸を浴びてからも数秒のあいだ動いていた。あの数秒が忘れられない……。こんな状態ではもう生きていけない。だからゲリラ部隊に入った。母もきみも捨てて。(p63)


 わかったような口を利くつもりはないが、アリは自己統制と欲望のせめぎあいにくたくたになってしまったのだろうか。そして殺すことによって自己統制も欲望も消失してしまい「抜け殻」になったのか。人間は弱い、弱いことにおいて人間だ。戦争や暴力という未知の領域に踏みこまずにはいられないことにおいて弱いし、間違う。救いがあるとするならば、「抜け殻」という言い方に自責がこめられていると見えることだろうか。それはまた自殺願望もこめた戦いへの参加につながるようだ。このアリとセダの物語にはまだ続きがある。セダは一年も経たないうちに通学途中に死んでしまう。だが、自殺か、事故死かは特定できないようだ。ミラーナは「不条理」だと書く。死因をはじめ、セダの死についてもっと書いて欲しいと読者は欲をもつが、何故か「これ以上のことは書きたくない。」とミラーナはしめくくる。

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ミラーナ・テルローヴァ『廃墟の上でダンス』(2)

 私は彼らが真剣な顔で、あるいは微笑みながら死に立ち向かう姿をこの目で見た。たしかに熱狂に身を任せ、常軌を逸した卑劣な行為に走った者もいる。けれど、レジスタンスの圧倒的多数は私たち市民を救うために戦ったのだ。いや、今もなお戦っている。オレホヴォやグローズヌイで出会ったあの戦闘員たちの顔を、私は決して忘れない。彼らには墓もレクイエムもない。彼らは賛辞を求めるでも、憤りを口にするでもなく、文字どおりなんの見返りも求めずに死んでいったのだ。だから、せめて侮辱しないでほしい。(p44~45)


 ミラーナ・テルローヴァはこう書かずにはいられない。第二次世界大戦中にはカザフスタンに強制移住させられ、チェチェン人の三分の一あに当たる十七万人が死んだといわれる。ロシア支配への挑戦と独立は民族の悲願であることをほとんどのチェチェン人が自覚していた。そこへエリツィンの時代のロシアの弱体化があり、チェチェンは千載一隅のチャンスとみて独立宣言をした。第一次戦争の終結期には首都グローズヌイを奪回した。レジスタンスに人が集まらないと、こんな壮挙はやれるはずもない。大学進学や仕事や恋人への夢を投げ出して「なんの見返りも」なく若い人たちは集結した。ナショナリズムが身にしみこんでいるのだろう。ミラーナが自国民として誇りとするところであり、戦いへの連帯表明である。反面、影の部分もある。のちほど紹介するが、若い人たちの戦争への参加とその結末は一様ではない。屈強でありつづけた人もいるが、戦争の牙は多くの若い人を深いところで荒廃させた。ミラーナはこのことも書き忘れない。本書の魅力の大きい部分となっている。

 ミラーナ・テルローヴァはこのようにレジスタンスの暴力は否定しないが、その変質にははっきり批判的だ。同時に弱体化した抵抗勢力がアルカイダなど外国のイスラム勢力に引きずり込まれ合流することにも反対だ。それはまたミラーナ一人の意見ではなく、多くのチェチェン人の意見であり心情でもあるようだ。私たちの記憶にも新しい、チェチェン武装勢力が北オセチアの小学校に子ども多数を人質にして立てこもった事件があった。事件の知らせを耳にしたチェチェン市民は憂慮一色だったという。グローズヌイでは子どもたちが母親といっしょに街に出て「私たちが代わりに人質になります」というプラカードを掲げて歩いた。切実な訴えだ。だが事件は最悪の結果をもたらし、チェチェン市民にも深刻な打撃となった。戦闘意欲を萎えさせるには十分だっただろう。

 尿を飲んで渇きをしのごうとしたあの子どもたちを見て、心かき乱されないチェチェン人などいないはずだ。どうしたってグローズヌイの地下室で同じことをしたチェチェンの子どもたちを思い出してしまうのだから。もしそんな人がいれば、あるいは自分たちの子どもも苦しんだのだから当然の報いだなどと考える人がいれば、それは自らも狂気と残虐に身をゆだねてしまった人だ。死者は三七〇人、そのうち一六〇人以上が子どもだった。それまでチェチェンは正義の戦いをしていると思っていたけれど、もうそうではなくなってしまった。この戦争は敵も味方も腐らせていく……。(p219)



 この事件(二〇〇四年)の二年前にもチェチェン武装勢力によるモスクワ劇場占拠事件があり、多数の死者が出た。チェチェン独立を支持するヨーロッパの人権派にも痛手だっただろう。だが大きい口を開くのは私には似合わないが、やはりここはミラーナ・テルローヴァを代表とするチェチェンの良識派(「狂気と残虐」に陥らない)の存在を信じ、チェチェンの独立を支持しつづけるしかないように思える。もはや本国では抵抗勢力が盛り返す力は残っていないのだろうが、国際世論をあてにした言論、情宣活動を行うという道は残されており、現にミラーナはフランスなどで精力的に講演を開いている。

 たしかに、ロシアとチェチェン双方の血で血を洗う戦争行為に対しては、どちらもどちらという見方が成立しやすい。凄惨な事件を見せつけられたときの当然の反応だからだ。また、その見方に良識がないとはいえない。だが歴史や民族性、またロシアにおけるチェチェン人の被差別性(「黒尻野郎」とさげすまされる)を考慮すれば、チェチェンの独立は認められるべきではないだろうか。欧米がロシアに対する遠慮を解かないかぎりは独立承認には踏み込めず、歴史的時間がかかるのは必至だが。
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ミラーナ・テルローヴァ『廃墟の上でダンス』(1)

廃墟の上でダンス―チェチェンの戦火を生き抜いた少女廃墟の上でダンス―チェチェンの戦火を生き抜いた少女
(2008/03)
ミラーナ・テルローヴァ

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 チェチェンはロシア連邦に属するカフカーズ地方の小さな地域である。現在、紛争がクローズアップされたグルジアとも近接する。独自の文化と言語を持ち、また独立志向が旺盛で、古くはロシア帝国の時代から果敢に抵抗運動をつづけてきた。だがロシア側も旧帝国や旧ソ連の時代から現在のロシアに至るまで一貫してチェチェンの独立を拒否し、軍事的支配を解こうとはしない。豊富な石油資源がその地域に埋蔵されているからでもあるが、やはり各地域で領土、分離・独立問題を抱えるロシアという国の成り立ちを根底から揺るがしかねないからでもある。そんなチェチェンだから、同じように固有の文化と言語をもちながらいまだ祖国を持たないクルド民族の運命ときわめて似ている。クルドほど人口や地域の広がりはないが、独自にリーダー(大統領)を選んで独立宣言をしたことも全く同じ。だがそれを欧米はじめ主要国が承認しないかぎりは真に独立を果たしたことにはならない。

 巻末の略年表(著者作成)によると、一九九一年大統領に選出されたジョハール・ドゥダーエフは十一月一日に独立を宣言した。しかしモスクワはこれを違法とし十一月八日非常事態宣言を発令。その後も両者の対立はチェチェンが独自の憲法を制定するなどして尖鋭化し、一九九四年十二月ロシア軍はついにチェチェンに侵攻した。これが第一次チェチェン戦争の始まり。一九九六年八月和平合意が成立し、第一次戦争は終結。この間死者八万人。だが小康状態は束の間だった。ロシア各地でチェチェン人の手によるとされる連続爆破事件が起こり、ロシア軍は再び軍事侵攻。一九九九年十月以降のことであり、第二次チェチェン戦争の始まりだ。二〇〇〇年二月には首都グローズヌイがロシア軍によって制圧される。六月にはロシア大統領ウラジーミル・プーチンがチェチェンを大統領直轄統治領とした。二〇〇七年には親ロシア側のラムザン・カディーロフがチェチェン共和国大統領に就任し、以降チェチェンはロシアとカディーロフによる占領状態がつづいている。物量にまさるロシア側が独立派を表立ってはほぼ駆逐したということだろう。それまでの間、血なまぐさい戦争状態がつづくが、ゲリラ化、テロリスト化した独立派勢力はモスクワ劇場占拠事件、北オセチアでの小学校占拠事件など大惨事を引き起こしたことも忘れてはならない。またドゥダーエフはじめチェチェン抵抗勢力の主だった政治指導者のほとんどが戦死、殺害されている。著者はチェチェン戦争の死亡者は二十万人を超えたというが、この数字はロシア側もふくむものかどうかは不明である。

 前置きが長くなった。著者のミラーナ・テルローヴァはチェチェンに生まれ育ち、のちにはフランス留学を果たし、さらに祖国へもどって現在は国際交流センター設立に尽力する女性である。生粋のチェチェン人だから当然のごとく祖国の独立を支持し、その抵抗運動を心から応援しないわけにはいかない。だからロシア軍の残虐非道や政治的強圧をことあるごとに非難する。怨みは根強いと窺われる。だがそれは彼女がチェチェンで生まれてからその環境の下で少女から大人となる時代を生活してきた結果である。独立への志向は多くのチェチェン人同様、ごく自然で腰の据わったもので、戦闘的であっても偏狭ではない。また過激派の立場でもない。

 著者とその家族は、戦争が勃発してから生まれ故郷のオレホヴォ村を追われ、別の小さな村やグローズヌイや、隣国のイングーシなど戦火から逃れるため移住生活を余儀なくされる。ロシアによる強制隔離もある。故郷の家には帰ることができたり、また避難したりの繰り返し。やがて故郷に落ち着くことができたのは、皮肉なことにロシアの勝利によって戦火が収まったからである。チェチェンの同国人同士の結びつきは強い。親戚をあてにして寄宿をたのむと既に他の親戚が避難してきていてすし詰め状態だが、それでも受けいれてくれる。また当然そんな風に著者の家族が親戚を受けいれる場合もある。

 この手記は、そんな戦争と混乱のなかから生まれた。自分の目の前で起こったことや友人から打ち明けられたことを素直に書きとめたものである。新聞等の報道は報道として区別する。政治的プロパガンダやそれに類する絶叫型の書きぶりではない。そういう要素もふくみながらも一歩抜きんでている。起こったことと聞いたこととそれに対する自分の印象を実に平明に綴るのだ。考えたことは、正確と冷静を旨として書きとめる。「狂気と残虐」に陥らないためだ。そして、非難よりもまず、悲しみとやりきれなさが空気として広がる。数ページに一回は親戚や仲間や同国人の戦死もふくんだ死のことが出てきて痛々しいが、ミラーナ・テルローヴァの間近にいて一緒に事態を見守るかのような透明感がもたらされる。手記として成功している証左だが、それだけではなく、やはり戦争というものの現実になまなましく立ち会わされ考えさせられ、緊張を強いられる。

 私にはこの著者が強くまた豊かに見える。それは彼女が平和の楽しさ、明るさを身をもって知っているからだ。本の書き出しは一九九四年十二月で、学校で催されるダンスパーティの準備のため鏡を前にしながらおしゃれをしている場面である。だがその直前の時期に第一次チェチェン紛争がすでに始まっていて、ダンスパーティは結局は開かれなかった。ミラーナが一四歳のときだ。だからそれまでは平穏無事に彼女もチェチェン人も暮らすことができた。だから平和に暮らすことの楽しさと幸福を十分に知っている。このことは重要だ。平和で健康であっても幸福感をもつことができない人が実に多いことを私たちは、身の回りをみて知っているからだ。(私もそのはしくれかもしれない)その点で、ミラーナは最適の人だ。友達と西側の映画やファッションへのあこがれを共有できる。いっしょに食事をして楽しむすべを知っているし、国の未来についても語り合うことができる。自分の意見を述べながらも聞き上手である。相手が打ち明けたい欲にかられたときはじっくりつきあう。そこから貴重な人生の一端を聞きだすのだ。また、理解不可能なことや怖ろしいことは飾らずにそのとおり表現する。当然、頭脳明晰だ。そして自分自身をよく知っていて、「平和の記憶」を忘れてはならないと説く。「戦争の記憶」を忘れてはならないとは、私たちが夏が来るたびに耳にする言葉だが、チェチェンにおいてはそれは身の回りにごろごろしている。そればかりでは平衡感覚が喪われる、とでもいうように。

 

毎日何百人という学生がキャンパスにやってきて、勉強し、議論し、寒くて薄暗いカフェテリアで延々とおしゃべりをする。それは、議論を戦わせたり、女子学生を口説いたり、笑ったりして幻の日常性を保たないと、絶望や狂気に引きずり込まれてしまうからだ。はたから見ると、戦場の子どもたちは日常生活や普通の喜びや悲しみを忘れてしまうだろうと思うかもしれないが、実際はその反対だ。みな執拗に、貪欲に、あらゆる努力を払い、神聖視するほどに「普通の生活」を追い求める。戦争によって普通の生活が奪われるからこそ、それがあまりにも貴重なものに思えて、どうしてもそれが欲しくなる。(p172)



「平和の記憶」は義務という以前に、内部からつきうごかす欲望であることがよくわかる。それも一人のものではなく、チェチェン人ほとんどに共有するものだ。それとここにも記されている「絶望と狂気」だが、すぐあとの記述で検問所や検問官(兵士)に触れられていることに直結する。大学は独立派の拠点として見做されるからでもあるが、身分証明書のたぐいをたえず提示させられて、なにかと難癖をつけられて(単に「いけすかない」というだけで)男子学生の場合連行されることも多いという。検問はチェチェンのいたるところで実施されるようで、検問以外にも、探索によって証拠がなくても不審者とされて連行、拉致されることもよくあることで、腹立たしさを通り越してしまいそうな感情に駆られることもあるのだろう。そこをふんばるのだが、つらいことにちがいない。

 逆に「平和ごっこ」ばかりやっても満ち足りない、疲れるとミラーナはいう。そんなときには孤独になって死と向き合う時間を作ることが必要不可欠だと説く。平和を忘れないことも大切だが、それ以上に目の前の現実である戦争と死を避けてとおることをミラーナは潔しとはしない。自分を偽ることを怖れるからだし、自分とは何か、自分と死はどういう関係にあるのかを問い詰めたいのだ。真実の像を立ち上がらせることによって重心をえたいのだ。

 母は私の絵を嫌っていた。たしかに見て楽しい絵ではない。どうしても死をテーマにしたものになるからだ。母はグローズヌイに戻ってくるたびに私の留守を見はからって絵をはずしてしまう。そんなわけだから、私にとっては余計に一人でいられる時間が大事だった。普段は母も私も絶望に呑み込まれまいとそれぞれ仮面で武装している。でも一人になれば、その仮面をはずし、自分を解放して思うがままに想像をめぐらせることができる。チェチェン人は自分を抑えて万事順調を装うのが癖になっているのかもしれない。そうせざるをえないからでもあるけれど、でもいつでもそれでは疲れてしまう。(p165)


 グローズヌイで一家が借りたアパートは壁が崩れかけていて、裸電球一つの薄暗さだ。だがミラーナは勉強をし、読書をし空想にふけり、絵を描く。それもまた楽しいのだ。「死をテーマ」にした絵がどんなものか、具体的にはわからないが、おそらく死を明示したり暗示したりする内容であることは文面から想像がつく。死をもっと自分に近づけたいのか、それとも死を示しながら死のない世界を模索するのか、わからない。残念ながら絵に関してはこれだけの記述しかなく、もっと突っこんで書いてもらいたい気もする。
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