蚊帳

 かつては夏の就寝時には必需品であったが、今はすっかり廃れてしまった。日本家屋の密閉性が向上したからであろうし、化学物質の蔓延によって蚊が少なくなったこともあるだろう。蚊ばかりではなく、蠅もめっきり減った。それに蝶やトンボの類も。ちょうど六〇年代にはじまる高度成長と、それらの変化が期を同じくしているようだ。

 私にはとくに蚊帳に関する思い出はない。強いていえばクーラーが我が家にはまだなかった時期と重なることくらいか。今では考えられないが、暑い寝苦しい夜を連日過ごしたものだ。

 日本の四季にまつわる風物を愛する田中冬二は蚊帳のことも詩に書いている。蚊帳の質感が甦る思いにさせられる。ただしこれは夏の詩ではなく、秋になって蚊帳をかたづけるときに、それを惜しむ心情をきざんだものである。「蚊帳」と題された詩の前半部分。

秋になった
いつとなしに秋になった
朝夕はもうしろい障子の親しまれる頃となった
そして蚊帳をつらないでもよい頃となった
二三日の中にそれはしまわれるであろう
あの青いすこし暗いような色
それから赤い布のへり
たたむ時つり手の金具の触れ合うすずしい音
草臥(くたび)れてねる白い床の上を
流れる 青いこまかい影の快さ
山の斜面(スロープ)のような快さ
真夜中に目ざめると
髭を剃りたての月が
青い波の上を静かにわたっている

女の心のような星が
蚊帳にくっついて
心臓をくすぐるような夜もある
それはなんでも 蒸(む)すような
醸(かも)すような夜ではなかったか


 思い出したが、蚊帳のへりは細い帯のような少し厚めの布だった。金具もあった。それに蚊帳の半透明の布地の独特のかわいた手触り……。母の実家の山奥の家でも蚊帳を吊って寝たこともあった。しかし都会では家が密集しているから勿論、田舎でも、夜空を眺めながら蚊帳のなかで横になったことはない。そういうことをやっておけばよかったかな、という気にさせられる。ガラス窓でなければ、蚊がどんどん侵入してしまうが。

 「髭を剃りたての月」がこのなかでは抜きんでた表現だろう。蚊帳越しに眺めているはずの月が、あまりに煌々としてなまめかしいので、蚊帳越しではなく直に眺めるような気になる。つづいては星を女性にかさねた部分。寝苦しい夜は、なやましいあれこれの幻想を引き寄せてしまうものだ。
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