森恒夫『銃撃戦と粛清』(10)

(前略)寺岡君の″革命戦士になりたかった″という最後の言葉や山崎君の何度も胸にナイフを突き立てられてからの″早く殺してくれ″という言葉が、我々が、自らの命を賭けて革命戦士になり切るんだ、と語ったあの革命戦争を主導する革命戦士の真に自己犠牲的な謙虚なプロレタリア的誠実さ秘めた言葉であることを考えると、私は自己の誤りの全く非プロレタリア的なごうまんな姿を改めて自己批判せざるをえない。我々の誤った指導と苛酷な暴力の中で、これらの同志が革命戦士になり切ることを自己の使命として持ちつづけ考えられない程厳しい肉体的な苦痛に耐え抜き死んでいった事は文字通り真の革命戦士としての彼らの姿をはっきりと示している。(p83)


 森恒夫は革命のマインドコントロールが解けないまま死んでいった。そのために手のひらを返したように寺岡と山崎に対して「真の革命戦士」だったと言い換えている。痛恨の謝罪と自己批判を込めるためには、当時の彼としてはこういうたむけの言葉しか吐けなかったということは、わからないではないが、あまりにも安易に過ぎる気がする。他の死者に対しても「革命戦士になれずに敗北死した」から「革命戦士になろうとしていた」と一様に言い換えている。革命戦士になんかなりたくなかったんだ、死者は何を置いても生還したかったんだ、とは何故言えないのだろうか。生き永らえていればともかく、この時点では、まだまだ森は参加者の心情を汲み取ることができていない。

 それに革命戦士なるものの明確な像が、ついに森の口から語られることはない。どんな暴力にもびくともしない鋼鉄の肉体と、もしイメージされたとしても誰もなりきることは不可能だし、ついに不明確なまま至上物に祭り上げられて「革命戦士になりきるんだ」という悲愴で狂気じみた決意を参加者全員に強要したのである。革命戦士像が明確でなければ、それを目標とした「共産主義化」も短期であれ長期であれ破綻せざるをえないのではないか。また、逃亡者や脱落者は出るに決まっている。それを一名たりとも許すまいとしたところにもヒステリックで未熟な完璧主義といったものを見ずにはいられない。

 今日において森恒夫を批判することは容易である。また私は安全な場所にもいる。だが連合赤軍の出来事は昔日の私にかさなっている。黒を白と言いくるめたり、情熱さえあれば多少のいい加減さは許されるという、高校生活動家としての当時の私の浮薄や欺瞞は今でも後ろめたいものだ。勢いあまって暴力を不当に振るったこともある。私のなかのそういうものを、想像を超える規模で拡大再生産されたものがあの出来事だったという見方から、私はどうしても自由になれない。だからこの批判は、過去の私への批判にも通じている。批判はしなければ、忘れるまでは、うしろめたさや羞恥心はずっと記憶の中に居座りつづけるものだ。もっともこの一文だけでそれを成しとげられたとは言わないが。
(了)
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