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ハモンハモン(1992/スペイン)

DVDで見た映画
11 /28 2007
ハモン・ハモン 無修正版 ハモン・ハモン 無修正版
ペネロペ・クルス、アンナ・ガリエラ 他 (2005/09/22)
ジェネオン エンタテインメント

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 ラテン系という言葉をときたま耳にする。本来的な使われ方があるのかどうか知らないが、礼儀作法や道徳にはルーズだが情熱的、攻撃的というイメージが中心にあるならば、本作はまさにそれを地で行っている感がある。恋愛関係において浮気っぽく、気が多いのだ。また出現したあたらしい相手の情熱にぐらついてしまうのだ。その場合、相手もまた同じく気が多い気性であることが多いようだ。この映画の主要な人物全員がそれにあてはまる。三角関係、四角関係が数珠つなぎになっている。そしてそういうルーズでおおらかな人間性全体が不思議に明るくて、ギャグも取り入れて笑わせてくれる。最後に悲劇が待っているが、あっけらかんとした空気は消えることはない。スペインの恋愛事情や国民性をこの映画がどれだけ反映したものかは私にはわからないが。まあ、日本人がマネしてもなかなか板にはつかないだろう。

 貧しい母子家庭の長女であるペネロペ・クルスは男性用下着メーカー社長の長男と交際中で、妊娠する。二人は結婚しようとするが、青年の母は猛反対。のみならず、母は二人の仲を壊すために計略をはかる。すなわちマッチョな男ハビエル・バルデムをペネロペのもとへ送り込んで強引に関係を持たせて二人の仲をこわしてしまおうとする。だが社長の長男が優柔不断なこともあって、ペネロペとハビエル・バルデムは本当にいい仲になってしまうのだ。ハビエル・バルデムもまた、青年の母の情熱にほだされて肉体関係を持ってしまう。他方、ペネロペの心変わりに耐えられない青年は、小さな酒場をやりひそかに売春もやっているペネロペの母と泣きすがるようにしてこれまた関係をもってしまう。まだあるが、ざっとこんな人間模様だ。入り組んでいる。それに裕福な社長一家の三人(社長も含めて)がこの男女の騒ぎに入り込んでくることは、その範囲では階級格差が消滅して、たちまち「平等化」された人間関係がつくられる印象もある。困惑し泣きながらも、どこかそういう境遇を全員がひそかに楽しんでいるように見える。

 豚や犬、それに看板の象など動物がたくみに取り入れられて笑わせる。青年が劣勢挽回のため、メス犬用の生理パンツの試作品を父に見せて一蹴されるところなど、いくらなんでもそれはないだろと、突っ込みを入れたくなる。決闘に骨付きのハムが用いられるのもおもしろい。

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ハーレーダビッドソン&マルボロマン(1991/アメリカ)

DVDで見た映画
11 /26 2007
ハーレーダビッドソン&マルボロマン ハーレーダビッドソン&マルボロマン
ミッキー・ローク (2007/09/21)
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

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 題名はミッキー・ロークとドン・ジョンソンのそれぞれのニックネーム。彼らは親友同士で、遊び好きで伴侶や恋人に逃げられたという共通点があった。さらにともに腕っ節がつよい。そんな彼らと仲間がつどう酒場が立ち退きの危機に直面していた。立ち退かなければ法外な家賃を請求されるという。そこでロークらが思いついたのが、現金輸送車襲撃。このへんはいかにもアメリカのアクション映画で「こまったときの銀行強盗」とかなんとかで、ニヤリとさせられるが抵抗感はない。そして、襲撃は成功したものの中身は札束ではなく、麻薬だった。銀行が悪事に手を染めているらしい。ロークらは銀行にかけあってブツと現金との交換を持ちかけ、それもすんなり事が運んだかに見えた。だが銀行のボス(頭取)は放ってはおかない。マシンガンと防弾チョッキで武装した黒コートの男の軍団をさしむけて、ロークとジョンソンの抹殺をはかる。

 アクション映画としてはそれなりに波乱万丈で、飽きさせず上出来だ。それにこの時代のアクションものには、まだのんびりした雰囲気があって、なつかしさも少し覚える。ハーレーダビッドソン(オートバイ)であるが、前半にのみ登場して映画の本筋とはからまないが、ムードづくりの役を果たして悪くない。白バイに追跡されて降参してみると、その女性ドライバーが元恋人だったりするのはちょっと憎い。

 関心を持たされたのは、最後の決闘の舞台となる「廃機」処分された小型飛行機がえんえんと並べられた場所。広い土地を持つアメリカならではかな、と思わされた。日本なら金属材料にするために早々分解してしまうのかもしれない。実際のところは知らないが。

 ミッキー・ロークは容貌からのんびりした雰囲気が感じられて、アクションものに出演するのにはアクの強さが足りないのかなと思ったが、それを一番意識したのは本人だったかもしれない。その後整形手術に踏み切ったというから。余談が多くなった。

ハンテッド(2003/アメリカ)

DVDで見た映画・2000年代
11 /23 2007
ハンテッド ハンテッド
ベニチオ・デル・トロ、トミー・リー・ジョーンズ 他 (2005/07/06)
日本ヘラルド映画(PCH)

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 アメリカ軍の特殊部隊に所属した兵士のベニチオ・デル・トロが、除隊後殺人鬼となる。彼は暗殺作戦の実行者で、その行為によって精神に変調をこうむってしまった。アメリカ映画にはよくでてくる話だろう。一方、彼を追うことになるトミー・リー・ジョウンズは、軍隊時代にはベニチオ・デル・トロにナイフなどの実践訓練をほどこした教官だった。ということで捕り物帳的アクション。

 作りが全体的に雑だ。工事中の地下鉄や瀑布を犯人が逃げ回るのだが、その舞台が十分には活用されていない。「フレンチ・コネクション」という傑作アクションをものにしたウィリアム・フリードキン監督にしては不出来というしかない。

 犯人役のベニチオ・デル・トロはいい面構えをしている。見所はそこだけかもしれない。

初冬

自作詩
11 /18 2007
剛毛の尻
あさく窪んだ岩陰がおれの棲家
灰白色の卵がぶっかけられて
だれも手をつけないので
濡れるにまかせる
薄が風に揺れる

おれの妄想にも似た世界地図
世界をほとんど蔽い尽くそうとする端から
鋏がジョキジョキ
初冬はつらい
鋼鉄の背鰭

小山と小山のあいだの海
夕かたまけて
船団の灯りはすべてピンク色に染まり
夜になると
深紅にかがやく密室

生誕の秘密を知っているというのかおれは
それでは死をも?
おれがここで今さら血を見せびらかすこともない
瓦でもガラスでも割ることはできるが
あさく窪んだ岩陰は皮膚の裏側

剛毛の尻
すべりやすい表面で卵は育ち
部分的には死滅する
恫喝のラッパが駆け回るが
おれは母ではない
薄が風に揺れる



鉄腕稲尾

日記
11 /16 2007
 稲尾和久さんが亡くなられた。元西鉄ライオンズのエースで鉄腕、神様仏様稲尾様、と称された人だった。その敬愛的ニックネームにまさにふさわしい、ものすごい活躍をした方だった。1958年の対巨人との日本シリーズでは7戦のうち6戦に登板で4勝2敗。西鉄は0勝3敗から4連勝して逆転優勝を勝ち取ったのだが、その大功労者である。なにしろ、3戦から7戦まで5連投をしてしまったのだから。また1961年には年間最多タイ勝利の42勝をあげている。

 私も少年時代は稲尾ファンのはしくれだった。この人の現役時代を知る人もだんだんと少なくなるが、私もデビュー時から知っているのではなく、1960年あたりがファンとしてのはじまりだった。当時は巨人の長島茂雄が圧倒的に人気があったが、稲尾ファンも結構多かった。

 並外れた力を持った投手だったが、私がそれにも増してあこがれたのは、たいへん優美な投球フォームだった。ぎくしゃくしたところがなく、流れるようだった。少年にはふさわしい表現ではないが「惚れ惚れ」してしまった。そして人間的タイプの面であるが、見た目、稲尾さんは闘志をむき出しにしたり、驕った態度をとることと無縁に見えた。ちょっと神秘的でさえあり、その面でもファンとして十分に引き込まれた。そんなこんな稲尾さんだったが、私が釘付けになっているテレビのなかで、まさに優美に、どんどん勝利を手中にしていった。

 さみしかったのは稲尾さんの全盛時代の最後の年にあたる1963年の日本シリーズ。そのときの相手も巨人。第1戦と第6戦が日曜日にあたり、たっぷりとテレビで見せてもらった。その2試合はいずれも稲尾さんが登板し、完投勝利を飾った。つづく第7戦も予想どおり稲尾さんの先発だった。58年の伝説を知っていたので、きっと勝つだろうと私はたかをくくった。だが月曜日は子供は学校がある。(当時のシリーズはデーゲーム)帰宅して結果を家族に聞いて驚いた。18対5? という大量スコアで巨人がシリーズを制したのだった。稲尾さんはKOされたらしい。信じられない思いだった。

 人間の体力には限界がある、超人なんていない。どうやら、そのことを私ははじめて知ったらしいのだ。叩きつけられるようで寂しかったし、つまらなかった。私は無意識に稲尾さんを「超人」視していたのだ。金田の通算勝利記録に追いつき追い越すのは稲尾さんしかいないと、少年なりにかたくなに信じていた。

 それ以来、私はプロ野球にあまり心惹かれなくなった。復活し、先発ローテーションの一角で投げていた稲尾さんを見たことがあるような気がする。だが「昔」の稲尾さんではなかった。体重が増加してフォームに軽さがなかった。体がだるそうに見えて、悪い意味で力が抜けていた、球の威力もなかった。全盛時の稲尾さんをたっぷりと見てきた「贅沢」な眼には残骸でしかないように思えたのだ。これは稲尾ではない――今ふりかえると少年というものは残酷な意識をもちうる。

 それはともかく、ろくな少年ではなかった私にとっては、稲尾さんはさわやかな思い出である。また単に過去にまつわる存在でもなく、これからも、あの全盛時代の優美な投球フォームをときどき思い描くことがあるだろう。今年は、同じ時代のもう一人のあこがれであった植木等さんも亡くなられた。合掌。

ボーン・アルティメイタム

映画館で見た映画
11 /13 2007
 劇場で映画をみる魅力は大画面の映像であるとともに、音響の迫力ある伝わり方だろう。映像もそうだが、一昔前に比べるとその心地よい響きは格段の進歩がある。いいものならよりよく響かせてくれ視聴者を魅了する、ということだろう。本作であるが、映画音楽としてたいへんいい位置を占めている。視聴者を煽り、かるく興奮させ、緊張を心地よいものにして持続させてくれる。とくに最近のアクション映画は銃砲の発射や炸裂の音、物がぶつかり合う音、などの音響のリアルさが重視され、さらに人の悲鳴などもくわわって音楽が遠慮していた、音響に対して従属的であった。それが今ふたたび映像と肩をならべた感がある。音響が逆に控えめだが、かえって新鮮だ。

 007シリーズでも何でもいいが、昔の映画ではひとつの作品のなかで映像と音楽が棲み分けがされていた。映像が単調な場面であったり山場を過ぎたときに、音楽がここぞとばかりになんらかの役目を負って鳴り響くというように。勿論、両者が同時的に進行する場合がなかったわけではない。それに昔の映画では作品固有の主メロディがあり、さらにサブのメロディというようにメロディ創作が音楽家によって重視されていた。だが本作は音楽と映像がほとんどの場面で同時進行であり、メロディらしきものはなく、弦楽器と打楽器のリズムの刻みのみで押し通していく。それでいてハマッたように成功しているのだ。

 ロンドン、タンジール、ニューヨークと山場は三つ。ロンドンの章がいちばん盛り上がる。逃げるマット・デイモン(役名ジェイソン・ボーン)を追うCIA捜査官の面々、さらにCIA局長のデヴィッド・ストラザーンが陣頭指揮する管制室。何台もの隠しカメラによる映像が大写しされる。さらに連絡やデータ検索のためにパソコンに向く何人もの職員。デイモンと待ち合わせをする新聞記者のあらゆる連絡手段、つまりパソコン、固定電話、携帯電話には、周到に盗聴網がはられている。矢継ぎ早に指令を出す局長。だがこれだけの大所帯でも捕まえられない。人がごったがえす大都会の真っ只中で、デイモンは新聞記者と擦れ違いざま、彼のポケットに別の携帯をしのばせる。これで盗聴は不可能となる。いくら網を大げさにしぼっても抜け穴はあるのだ。ここは痛快。あとはマット・デイモンの超人的な活躍を楽しめばいい。彼は記憶をなくした男で、たんに逃げるだけでなく、その謎をも解くための行動であるが、終わりになって見事に解決する。

 後半にかけて荒くなって、ちょっと飽きが来そうになるが、そうさせないのが例のリズムをスリリングに刻む音楽。これが鳴りっぱなしで私は楽しかった。デヴィッド・ストラザーンという俳優は『グッドナイト&グッドラック』で主演だったが、がらりと変わった趣きでいい味を出していた。

少女の情景

自作詩
11 /04 2007
少女がやってくる
赤いワンピースを着て
山村の赤茶けた道をあるいてくる
少し傾斜した道を
みどりの急斜面と切れ込んだ川に
はさまれた道をあるいてくる
赤いワンピースを着て
少女がやってくる
頬はこんがりと焼けている

壁一面の窓
窓の向こう側は濃いみどりの樹木
樹木と窓のあいだには
圧力ある空気
水のようにはりつめた空気
笛の音さえちぢこまり
蛇のぬけがらになってしまう
悪意をふくみながらも悪意そのものを知らない
水のような空気のなかの
さらに逃げまどう水

今 そいつがあふれだす
窓ガラスをつきやぶってあふれだす
桟が交差するあたり
毒々しいカンナが穴から顔を出すようにして咲く
リスがおお急ぎで巣をつくり
逃げまどうガラスの破片をついばんでは集める
ガラスの破片にうつったカンナ
ガラスの破片にうつったリス
大きな手ににぎられて
皺くちゃになった金箔からこぼれる数本の髪
空気の光 水の光 
散乱する部屋 氾濫する水
しかしながら窓はかろうじて窓であることを保ち
せまい空間に白い顎を出して突っ立ち
頭と四肢を壁につっぱって立ち
少女が大写しになって窓を揺れて横切る
少女が窓のなかをやってくる

赤いワンピースを着て
少女が山村の赤茶けた道を歩いてくる
少し傾斜した道をやってくる
バス停留所がある

seha

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