クローズZERO

 鈴蘭高校という男子校での「頂上」あらそい。喧嘩で一目おかれる生徒がグループを形成して、抗争をつうじてトップにのし上がろうとする。何のために?強さの証明のためにか、わからない。原作がコミックだそうだから、現実離れしたところはおかまいなしなんだろう。私はそう受け取るしかない。とにかく授業そっちのけで喧嘩ばかり。弱小グループからひねりつぶして吸収合併し、みずからの組織を大きくして、最後には大きなグループに挑戦するという筋書き。主演は小栗旬という若い人。

 殴る、蹴るの喧嘩のシーンがほとんど。金属バットや椅子も出てくるが刃物はない。飽きてしまうかな、とも思ったが、これがなかなか飽きない。私のようなおっさんが高校生の喧嘩に感情移入するのはむつかしいが、最後までひっぱられた。パンチや蹴りの際の音響(擬音)が効果的だ。これが音楽における打楽器のリズムの役割をはたしている。単調なところがかえっていいのか。逆にパンチや蹴りを撮るカメラワークはひとつずつ微妙にちがっていて、工夫が見られる。テーマソングのロックも枕の役をになっている。それに死ぬまで痛めつけはしない。ふらふらになった時点で、お互いに健闘をたたえあったりするのは古臭い気もするが、そういう気質が現代の若い世代にも受けつがれているのかなあと思うと、安心するような、あるいは拍子抜けしてがっかり!するような。とにかく、喧嘩がひとかたまりになって大波のように押し寄せてくる感覚はある。

 それに脇役のちんぴらやくざのやべきょうすけという人の存在もなかなかいい。この人が唯一弱いし、弱いということの無念さを知っている。暴力をこうむる際の痛覚と、ころげまわるような悲しみをよく表現していた。義理と人情の板ばさみというと、東映仁侠映画を思い出すが、やべきょうすけはヒットマンにもなれず、かといって親分に反抗もできない。ただ縮こまるばかり。こういう脇役の存在が映画を立体的のものにしている。だが、こういう脇役のことについて書かずにはいられない私は、旧世代だからかなあ、とも思ってしまう。

 さてこの映画、数ヵ月後に私の中でどんな印象の変化があるのか。それとも忘れ去ってしまうのだろうか。
00:37 | 映画館で見た映画 | comments (0) | trackbacks (1) | edit | page top↑