きれいなおかあさん(2001/中国)
11/06/2006 (Mon)
![]() | きれいなおかあさん コン・リー (2003/11/27) ハピネット・ピクチャーズ この商品の詳細を見る |
コン・リーが障害を持った子の母の役。子供は難聴で補聴器が欠かせないうえ、話すことも不自由だ。養護学校ではなく、普通の小学校へ入学させようとするが、受け入れてもらえない。既に夫と離婚し、子供との接触の時間をもつために外資系企業を退職し、新聞配達に家政婦にと、ときには子供をつれて駆け回るコン・リー。
障害を持つ子供が主人公にしては、この映画はずいぶんと明るい。それはコン・リーの好演によるところが大きいのだろう。喜怒哀楽の表現が自然で力強い、土の匂いがする。なおかつ気品がある。だがもっと時代的な背景があるのではないか。文化大革命の時代の政治色に収斂される表現や思考から、ここへきてようやく掛け値なしに解放されたように思える。そのことが、この映画をおおう自由の気風だと思う。コン・リーが本の不法販売に手を染めるのも、あながち「自由」と無関係ではないだろう。子供のためなら、やりたいことをやっていいのだ。それにカメラワークも軽快だ。人がはげしく動く場面では、携帯カメラに替わっていて、これが無理がない。
映画的な表現として印象に残った場面を記しておく。離婚した父の死を子供に伝えようとするコン・リーだが、子供が「死」の意味をのみこめない。戦争の絵をひらいて倒れた兵隊を示す。その際、絵そのものは画面に映らない。コン・リーはそれを「死」だと教えるが、子供は血の赤色に注目して、元気いっぱいに「赤!」と口に出す。困ったコン・リーだが、次に食糧にする生きた海老を持ってくる。海老が足をもぐもぐ動かす。それを見せたうえで、今度はゆでて動かなくなった海老を持ってきて、生きた海老との対比で「死」を理解させようとする。だがゆでた海老は赤いので子供はやはり「赤!」としっかりした声で答える。子供にはにわかに理解できない世界がある。
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