大洋ボート

四つ角がおびただしく顔を見せる細い道を私はゆっくりと車で進んでいった。私がその昔何年間か暮らした住処がそこにあるという確信に支えられて、私はその道を通過していった。この道と車の進行方向からすれば、住居は四つ角に面した左正面に位置するはずだった。外壁はコンクリートブロックを積み上げただけのあっさりとしたもので、入り口は四つ角の中心部に正対すべく45°に切り取られた格好の外壁面の中央部にあった。それも引き戸式の鉄扉としてあったはずだ。私が棲んだころはその扉は焦げ茶色の塗装が施されていて、塗料がところどころ剥げ落ちて赤錆が浮き出ていたり擦り傷があったり、埃がうっすらと付着していたり、塗料そのものの退色もかなり進んで、人がそこに何年間も暮らしたという手触りと匂いと疲れとを染みこませていた。また風雨にさらされたコンクリートブロックともども全体的にはくすんだ、そしてまた、こじんまりした印象を私に残した住処だったが。

私が記憶にとどめていた住処と同じ外観の建物は、遭遇する四つ角のどの左正面にもあり、判で押したように私に忠実に顔を見せた。ちがっていたのはコンクリートブロックが手垢のつかないまっさらな状態であり、そのためセメントの粉が吹き出しそうな印象であったこと、また鉄扉の色が焦げ茶色ではなく藍色で、それも塗り立ての威勢よく光をはじきとばす光沢を放っていたことで、私も心地よくまた冷たくもはじきとばされたのだった。つまりは原型をとどめる形で改装がなされたのかもしれなかったが。それを見てから私の確信なるものは、しだいに確信へのとおい記憶へと変わっていった。私とそれまで抱いていたイメージとの間に薄い膜がはられて、私は頼りなさに支配されたのだった。

それら建物は大部分、鉄扉を閉ざしていたが開いているところもあった。だが内部をつぶさに見通すことは、どれもこれも内部にわずかの明かりしか灯っていないらしく、外光の圧倒する光量のためもあり困難だった。そのなかの一軒は裸電球が暗闇のなかに視認できたのみだった。機械が撒き散らす騒音らしき風が私の車内にも舞い込んできたが、またそれとともに人の蠢く気配も舞い込んできたが、人が仕事に打ち込んでいる最中の他人を寄せつけないピリピリした空気を連想しながら、私は眼をその家に凝らしたまま通り過ぎた。大きな葦簀(よしず)の幕をもたせかけたため、その向こう側の扉が開いているのか閉まっているのかわからない家もあった。

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赤い花

片側二車線計四車線の車道を戴いた橋は堂々としていた。そこを車が一向に通過する気配がないのは、向こう側の広大な埋め立て地に何一つ施設も建物も見あたらないからと思われたが、そのためにかえって橋は、堂々とした佇まいを誇っていたと言ってもいい。暫くは蛇のようにのびたあと陽光を浴びて光る剥き出しの土の広がりの真ん中で、まるで蒸発したようにその道路は消えていて。

私はその橋の脇にあるもう一つの小さい橋である歩行者専用橋を散策していた。人がようやく擦れ違えるくらいの幅しかなく、しかも両側には川の眺めをほとんど隠すほどの樹木が執念深いほどに植えられていて、秋だというのにその葉と花だけは夏の日のような尖った陽光の照り返しを放散していた。何という種類の植物かは知らないが、葉のひとつひとつは小さいが茶の葉のようにぶあつく艶があった。花はそういう葉叢のなかに葉と同じ大きさのものとしてあり僅かしか見あたらなかったが、人の心の純真さを思わせるほどの純粋な赤色を可憐に放ち、私を刺激した。私はうっとりと花に見とれた。だがそれほど長くは私はそこにはいなかったにちがいない。散策する人にもまばらではあるが出会ったのであったが。またその歩道橋はまるで吊り橋のように、あるいはそれよりももっと中央部が、両岸との接点の高さに比べていちじるしく逆アーチ形に落ち込んでおり、私はふりかえって眼を見はったものだったが。

私はいつか車中の人になっていた。ウェディングケーキの支柱のような高架道路の支柱を上下左右におびただしく潜り抜けながら、信号の色の移り変わりにフロントウィンドウを擦りながら、果物をぶつけられながらせわしなく家路についた。私は歩道橋の花のイメージが頭から離れなかった。もういちど見たかった。日没まではだいぶ時間があり、歩道橋にはそれまでには余裕をもってたどり着けることができたのだが、一人で行くのは気がすすまなかった。妻を誘ってみたが、外出嫌いの妻は案の定断った。すると私も行く気が失せた。もうその直後から、私は赤い花を忘れた。
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駅station(1981/日本)

駅 STATION 駅 STATION
高倉健 (2005/01/21)
東宝

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 高倉健は北海道警の巡査部長。オリンピックに出場したこともある射撃の腕前の持ち主で、来たるメキシコオリンピックの射撃のコーチを担わされていた。だが事情あって、凶悪犯対策のための狙撃班のキャップに任じられる。映画はそれ以降十年あまりの彼の職業の軌跡を描く。また、そこには女性との別れと出会い、さらに別れがある。

 高倉健は表情に屈折があり過ぎるところが不自然で、私にはちょっとついていけない。それでも考え込んだり、ぼんやりしたりしてカメラが静かに彼を追う場面では、そういう屈折がほぐれて共感できる。警察といっても射殺した場合人殺しには変わりはない、という意識が高倉を悩ませる。また、逮捕した犯人が死刑判決を受ける。警察の同僚が何人か、凶弾の犠牲になる。殺伐さしか残らない。人命尊重というほどの大それた観念ではないが、寂しい、つまらない、という感情に高倉はしだいに被われる。やがて高倉が出会うことになるのが、田舎の町で小さな居酒屋をやっている倍賞千恵子。二人は短期間で男女の仲になる。

 倍賞千恵子は生活感をにじませて見応えがある。接客業という商売柄の愛想から恋愛感情にまで地続きに変化していくありさまは、中年女性が恋愛のなかで素直に歓びにひたる表情そのものだ。腐れ縁のようにながくつづく室田日出男を待つことに絶えられても、歓びに対する飢えは打ち消しようがない。それが彼女をとらえる。肩肘張ったところも計算もない。歓びを歓びとして隠さず、高倉に晒し、言う。紅白歌合戦を一緒に見たり、地元の神社に初詣に行ったりするときも倍賞がリードするように見える。そしてテレビにあわせて鼻歌で歌う八代亜紀の「舟歌」。(この歌は何回も映画で使われて耳に残る)高倉は照れたり、ぎこちない笑みを浮かべて共感する以上の表現ができない。こんなものだ。恋愛の高揚期においては女性の方が男性よりも輝く。それにしても、いい女優といえる人は、あるとき見違えるように脱皮するものかもしれない。男優が経験の積み重ねを大事にする職人気質の人が多いのに比べると。

 北海道はさいはての地といわれるが、この映画を見るかぎりでは厳しさはわずかだ。自然のあらあらしさを人為の手がほとんど征服してしまい、住み心地のよい町ができあがったように見える。時化の高波は堤防と消波ブロックとセットにして映される。また、それさえも窓の内側から眺めた場合は風物詩でしかない。だから、大げさに言えば、小さな町の路にふり積もる雪でさえ、人為に征服されてしまったおとなしさ、あたたかさすら感じられるのである。そして、こういう北海道の「あたたかさ」が作用して、高倉健の職業に対する倦怠感もちっぽけな感傷にも見えてくる。
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暴力脱獄(1967/アメリカ)

暴力脱獄 暴力脱獄
ポール・ニューマン (2006/06/02)
ワーナー・ホーム・ビデオ

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 ポール・ニューマンが懸命の役作りをしていて印象に残るが、映画自体としてはそれほどいいとは思えない。駐車場の設備を何の得にもならないのにわざと壊して、彼は刑務所に入る。そこで不屈の闘志で何回も脱獄を試みる、というのがあらすじだ。ジョージ・ケネディはじめ、刑務所仲間もポール・ニューマンを応援し、援助するのだが。

 ポール・ニューマンは一体何のためにこれほどつらいことに積極的に挑むのか、その中心の動機がまったく伝わってこない。たぶん、『俺たちに明日はない』など、このころから多く作られるようになった反体制的ヒーローものの作品群に括られると思うが、反体制のための反体制、映画製作のための反体制という以上のものではない。
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霧笛が俺を呼んでいる(1960/日本)

霧笛が俺を呼んでいる 霧笛が俺を呼んでいる
赤木圭一郎 (2002/09/27)
日活

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 船員の赤城圭一郎が長い航海を終えて横浜港に着く。旧友の葉山良二を訪ねたが死亡した後だった。だが腑に落ちない想いを抱いた赤城は、葉山の元恋人の芦川いづみとともに葉山の周辺を探る。すでに警察も葉山の死を疑問視して捜査にのりだしていた。

 イギリス映画『第三の男』がネタ元であるといわれている。赤城がジョセフ・コットン、葉山がオーソン・ウェルズ、そして芦川がアリダ・バリにあたる。ネタバラシになるが、葉山良二は実際は生きていて稀代の悪党であることは『第三の男』のオーソン・ウェルズとまったく同じ。ちがいは女性のありかたで、アリダ・バリが愛情の意志を頑固なまでに押し通すのに対して、芦川いづみの方は最後まで曖昧模糊としている点だ。

 芦川いづみは終始判で押したように無表情だ。恋人の死を堪えているようでもあり、その面影を静かに偲ぶようでもある。だが、葉山と対面する場面でも驚きは最小限だ。葉山の生存をうすうす感づいていたのではないか、と思われても不思議ではない。また葉山を憎むでもなく、かといって擁護するでもなく、なりゆき任せでどういうわけかその無表情を崩そうとはしない。また仲良くなりかけた赤城圭一郎と結ばれることもないし、その意志も見られない。

 だが鑑賞者は、こういう芦川いづみに不思議に納得させられる。赤城と葉山の両者に対して、芦川は異性というよりも母性的な存在に見えてきて、そこに魅力的な安定感があるのだ。荒くれ男がたむろする港町で、カラフルなコスチュームに身を包んで、ちょっと茫洋とした雰囲気で佇む芦川いづみ。性格描写が物足りなくても、何というか、日本的な落ち着きがあるのではないか。作品自体は平凡であっても、書いたような芦川いづみの魅力によってこの映画は支えられている。
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フラガール

 折りからの炭坑不況のため、常磐炭坑では人員合理化の波が押し寄せていた。そこで社員の岸辺一徳は、せめてもの雇用の受け皿として「常磐ハワイアンセンター」という娯楽施設を立ち上げる。ダンサーに育てるため、蒼井優ら地元の若い女性をかき集め、さらに指導者として、東京のSKDから松雪泰子を招く。一九六〇年代中頃のことだ。

 同じ炭坑町で育った友人が、親の首切りのために引っ越していく。蒼井優と同じく、彼女もダンサー仲間の一人だった。このときはさすがにじーんとくる。別離のつらさだけではない。友情のうつくしさだけでもない。別離を惜しんで町の人々が集合するにぎやかさだけでもない。このとき既に女の子同士の一体感が不動のものになったことを鑑賞者は知らされる。「じゃあなあ」と繰り返し呼び交わしながら手を振る友人同士の姿からは、こんなことでへこたれるものかという気概が闘志が、ひしひしと伝わってくる。若い女性同士の一体感は、メンバーがひとりふたり欠けたとしても揺らぎはしないのだ。

 女性たちは熱心な練習の成果で、フラダンスやタヒチアンダンスがどんどんうまくなっていく。その様子も描かれるが、それよりおもしろいのは炭坑町の住民、特に女性たちと親の世代に当たる人々との対立と、やがてそれが氷塊していく過程だ。炭鉱労働者には、暗いところに入って辛い目をして汗水流すのが労働だ、という職業に対する倫理感、誇りが自然と身に付いている。裏を返せば、ダンサーというような仕事に対する嫌悪感だ。若い女性がそんなことに染まるのは不良に見える。遊びにくる人に対して、媚びを売ったり肌の露出の多い衣装をまとって踊ることが、まっとうな仕事だとは思えない。それがほぐれてくるのは、やはりダンサーの女性たちの一途さと一体感が、住民にもひしひしと感じられてくるからだ。

 町の住民がいくら気風を守り健闘しても、石炭不況という大きな嵐は押し返すことができない。そんな寂しさも伝わってくる。彼女たちに未来を託す、というほどのことでもないが、せめて認めてやろう、応援してやろう、という変化が兆すと、今度は一体感が街全体にまでひろがって定着する。活気が出てくる。この過程はうつくしいものだ。蒼井優は最初は地元のダンサーを踏み台にして、やがては東京へ出ていこうという野望を抱いていたのだが、そんな想いもごく自然に消えている。

 板壁と瓦屋根の長屋のくすんだ色の眺めがなつかしかった。中国映画『胡同(ふーとん)のひまわり』では石造りの長屋が見られたが、日本人ならやはり木造の家に郷愁を抱くのではないか。その長屋のくすんだ色彩と対照的なのが、勿論ダンサーの衣装のカラフルな色彩で、この両者の色彩の対照がそのまま映画の構図にもなっている。

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鷲と鷹(1957/日本)

鷲と鷹 鷲と鷹
石原裕次郎 (2002/09/27)
日活

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 石原裕次郎が臨時雇いの船員となって、小さな貨物船に乗り込む。石原の目的は死んだ父の復讐だった。その船には父を裏切り失意のどん底にたたきこんだ嘗ての父の仲間がいた。……

 石原裕次郎の人気絶頂期の一品で、さすがに見るべきものがある。このころ彼は二十代前半だと思うが、三国蓮太郎をはじめとするいい大人に食ってかかったり、船長の娘の浅丘ルリ子を前にして、ウクレレの弾き語りをして、不良っぽい表情で誘惑したり、また情にもろいところを見せたりと、さまざまな顔を見せてくれる。若者らしい背伸びした気配はありハラハラさせるが、そこにともないがちな醜さやひ弱さがない。堂々としていてちょっと酔える。これはおそらく演技の勉強の結果ではなく、彼の日常における表現力の豊かさがもたらしたものだろう。兄の慎太郎をはじめとして、人に対して自分の意見をきっちりといい、なおかつ人の意志をおもんばかるという訓練を映画俳優になる以前に積んできたのではないか。また同じことだが、石原裕次郎自身が、映画のなかの与えられた人物像を彼の保持する日常性の感知器に近づけて捉えなおした、ということもあるだろう。芝居が人まねではなかった、よそ行きではなかった、それに押しの強さがあった、ということだ。

 脇役陣も充実していて、沢村国太郎、西村晃、月岡夢路、その他にもいるが、演じるべき時間を十分に与えられていて、見せ場をつくっている。また、実際の船を使ってロケーションが行われているが、ところどころに夕陽など海の風景が映され効果的だ。嵐の場面はスタジオセットだと思うが、これも水がふんだんに使われていて、ちゃちな印象はない。全体的に雄壮な雰囲気がある。この頃は日本映画の黄金期でもあった。

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