大洋ボート

ヘミングウェイ「兵士の故郷」

 青年が兵役を終えて、故郷と実家に数年ぶりに帰ってくる。クレブスは戦地でのみずからの行いに秘かに誇りを抱いていた。それを町の人々と語り合いたいと願っていたが、相手がいない。また、そうでなくても久しぶりの家庭と故郷には、どこかしらしっくりとこない感覚がある。父母はすこし年をとった。逆に青年はすこし逞しくなったのであろうか、だが、そういうみずからをもてあます気配が伝わってくる。母は母で、息子を兵役帰りの男として丁重に遇するが、なるべく早く彼に就職してもらいたい、結婚してもらいたいという望みをかくそうとはしない。息子クレブスにもそれはわかっている。図書館へ行ったり遊んだりと、疲れを癒すためにもぶらぶらするが、そう長期間それができるものでもないことも自覚している。いつまでも息子ではいられないのだ。一方、彼と同年代の異性は、少し見ないうちに、見ちがえるようにうつくしくなった。だが彼は、近づくことをためらう。みずからの責任観念の脆弱さに照らして、彼女たちの存在をもてあましてしまうのだ……。

 クレブスは自己の主張を頑固として押し通すタイプではない。自分と同じ考えの持ち主が身近にいることを、つい期待してしまう。だから無意識のうちに話し相手に迎合してしまって嘘までついてしまい、あとになって後悔し、嫌になってしまう。戦争ならば、人々はいたずらに誇張された話を喜ぶのだった。残酷さや笑いが露わになっているような話を。それも、兵士の帰還がピークを過ぎた頃に彼が帰ってきて、町の人々が戦争に関する話題に食傷していたことも、原因として加わっているからだが。 

(前略)自分が嘘を語ったことによって、戦争で体験したすべてのことに対する嫌悪感が生じたのだ。振り返るたびに心が爽やかにすみわたってくるように感じられたあの日々、男としてなすべき唯一のことを、そこから逃げることなく、ごく自然に、やすやすとやってのけたあの遙かな日々は、いまや澄み切った貴重な心象風景ではなくなって、自然に消失してしまったのだった。

 胸襟をひらいて語り合うことによって、おぼろげにあった誇りがよりいっそう明らかになる、この短編には書かれていないが、クレブス自身軍隊生活においての兵同士の語らいによってそれを体感したのではないかと、私には思える。だからこそ故郷の人々の反応は意外であったのだが、クレブスには自分の方が「正しい」のだとする自信がにわかには持てない。どちらかというと、そうにちがいないというおぼろげな自信だ。やがて彼も就職などによって、故郷やそれにつながる世間に入っていかなければならない立場だからだ。それら全体を敵に回すような覚悟は急ごしらえにはできるわけもない。それにしても、意欲を喪失させるものが、故郷や世間には十分にある。そこでクレブスは、みずからが参加した戦争(第一次世界大戦)に関する本を読んで、勉強しなおそうとする。みずからを言葉として自立させなければならないのだ。そうでないなら、いつまでたっても他人に迎合してしまって嘘をついてしまうことになりかねないからだ。

 同年代の女性に対しては、クレブスはそのうつくしさに十分見とれながらも、眺める以上のことはしない。ドイツやフランスの女性をなつかしむのは、よく通じ合わない短い言葉で意志が疎通できたからだ。互いに仲良くなりたいという意志が容易に見てとれたからだ。それに比べると故郷の女性は、当然ながら、複雑な言葉のやりとりが関門として立ちはだかるように見える。また、彼女たちは故郷や世間の側に身を置く人たちだ。ひとりひとりをつぶさに見ればちがうのかもしれない。だが孤独感におおわれて憔悴気味のクレブスには、はなからそうおもえてしまう。

(前略)彼は漠然と女のコを欲しがっていたが、モノにするためにわざわざ努力する気にはなれなかった。女のコを欲しいとは思うのだが、そのために長い時間をかける気にはなれないのだった。いろいろな陰謀や策略を凝らす気にもなれない。甘い言葉で誘う気にもなれなかった。それ以上嘘をつきたくはなかったのである。そんなことをしても、何の価値もないのだから。 

 そうして、彼の口から決定的な言葉が吐かれる。母が元気のない彼に向かって「そんな顔をしないでちょうだい、ハロルド」「私たちはあなたを愛してるのよ。(後略)」と言って、父ともども心配をしていることを打ちあける。是非、職業について欲しい。父の占有である自動車も使っていいという許可も父からもらっている、ガールフレンドを乗せてドライヴをしてくれたら、私たちもうれしいと。父のオフィスに会いに来て欲しい、との伝言をことづかっていると。

「話はそれだけ?」クレブスは言った。
「そうよ。あなたは、自分の母親を愛してないの?」
「ああ」クレブスは言った。
 母親は、テーブル越しにじっと彼を見た。その目はキラキラと輝いていた。彼女は泣きだした。
「だれも愛せないんだよ、ぼくは」クレブスは言った。


 思わずポロリと吐かれてしまった言葉だ。クレブスという青年のすねた、甘えた心情がよく出ている。しかも言葉遣いが下手だ。勿論この後、彼は謝って母をなだめ、なんとか立ち直らせるのだが……。「愛」という言葉を、米欧人は日常的によく口にするものらしく、幅広い意味合いがこめられるのだろうが、勿論この場合は大真面目だ。クレブスにとって目の前の母は、故郷の人々や若い女性やらを代表する存在だ。彼だって心底では誰に対しても「愛したい」と願うのだが、「愛」という言葉からくる社会や人々とのつながりが、彼にとっては迎合や隷属としてともすれば感じられてしまう、ちぐはぐ感がつきまとう。できることなら暫くは放っておいて欲しい、という感情が漏れ出てしまったのだ。「だれも愛せないんだよ、ぼくは」

 クレブスのように戦争を背負っていなくても、貴重な体験を経てきたという青年の思いが、社会にとっては何の価値もないもののように青年には見えてしまうことがある。社会は社会独自の歯車で回っている。青年もその歯車にやがて呑み込まれる存在にしか過ぎない。その入り口に立たされたときのやりきれなさ、また、甘酸っぱさをこの短編はよく再現できていると思う。あとは青年クレブスが、社会にもまれながら、いかにして「爽やか」な戦争の残像を持ちこたえられるか、そこに自立的な言葉の息吹を吹き込むことができるか、という問題が残されている。もとよりそれは、この短編のとりあつかう時間の範囲外にあるのだが。

     新潮文庫「われらの時代・男だけの世界」 高見浩訳

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ヘミングウェイ「ファイター」

 元ボクサーの流転の人生のひとコマが描かれる。

 青年ニックが線路の上をとぼとぼと歩いていく。貨物列車にただ乗りしたのだが、乗務員に見つかって、追い出されたためだ。空は暮れなずむ頃。鉄橋を渡ると、森のなかに焚き火の明かりが見える。ニックは近づいていく。「こんばんは!」と声をかける。一人の男がいるが、顔相が異様だ。

 男はニックを見て、笑った。焚き火の明かりで、男の顔が変形しているのがわかった。鼻が陥没し、目はナイフの切り口のように細く、唇は奇妙によじれていた。そのすべてがいっぺんに見てとれたわけではない。最初は、男の顔が奇妙に歪んで変形しているのが見てとれただけだった。どぎつい色のパテみたいだった。それは、焚き火の明かりに不気味に浮かびあがっていた。

 ヘミングウェイの文体は直截的で簡潔だが、ここでも例外ではない。ニックはたぶん驚いただろうし、哀れがったかもしれないが、そういう心理描写は、ほとんど省かれている。男はニックを追い出す風もなく、自分について語りはじめる。顔のついでに、「一つしかない耳」を見せたりしながら、以前はプロ・ボクサーだったと言う。名はアド・フランシス。ニックもその名は覚えていた。そこから読者は、またたぶんニックも、彼の顔の変形がボクシングの試合でもたらされたものだと思ってしまうが、それだけでもないことが、後でわかる。自己紹介の直前に、アドが謎を投げ出すように語るところがある。

「あのな」小柄な男は言った。「おれは普通じゃねえんだ。」
「どうしたの?」
「頭がおかしいんだよ」


 やがてアドの友人のバグズという黒人があらわれる。彼はフライパンでハムと卵を焼いて、サンドイッチをつくって、ニックにも分けてくれる。だがニックの満足そうな様子を見てアドが切れる。ニックに喧嘩を吹っかけてくるのだ。「頭がおかしい」とは、このことだったのだ。(喧嘩の結末はここでは書かない。)バグズもアドが「頭がおかしい」ことは承知で、彼の説明によれば、それはアドの結婚生活の破綻が原因だという。それも新聞記事のスキャンダラスな扱いが、そこまで夫妻を追いつめたからだ、と。(その内容も省略)バグズとアドが知り合ったのは、そののちの刑務所においてだ。

 鬱積したものをこらえきれずに、暴発してしまう。相手かまわず、喧嘩をふっかける。自暴自棄という言葉がぴったりくるアドのボクサー生活引退後の人生だ。だが私は、アドという男のボクシングに対する執着を、そのなみなみならぬ愛着を見てしまう。たしかにボクシングと喧嘩とはちがう。前者は審判が立ち会ってルールが厳格に適用されるスポーツだが、喧嘩は制限がなく、暴力そのものだといえる。アドがその区別を無視するのは「頭がおかしい」からだが。

 ボクシングでなくてもいいが、若いときに肉体に刻み込まれたリズムは、簡単には忘れられない。というよりも、現在的に引っ張りだせて、すぐに戻れる場所だ。かつて自己実現の武器であったものが、自己実現の幻想を到来させるものとして、目の前にある。いや、もしかすると、肉体が衰えても、喧嘩相手に打ちのめされても、広い意味でのリズムはアドのなかで打ちつづけるのかもしれない。そうならば、喧嘩もまた自己実現であるといえる。だが、こういう考えは誰が見ても「頭がおかしい」のだ。

 と同時に「いやでいやでたまらない自分」に対する自傷願望を埋めるものとして、社会に対する八つ当たりを手っ取り早くやってしまえるものとして、も喧嘩はある。そういう誘惑に勝てずに、のめりこむ自身に対してもまた「頭がおかしい」と彼は自嘲するのだ。きっと、いくら殴られても意識のあるうちは敗北を認めないのだろう。

 私は気の弱い人間で、おそらくバグズのようにはアドとはつきあいができないだろうが、好きなタイプである。ひるがえって、「一つしかない耳」を見せた後、アドはニックに言う。

「おれは平気だったぜ」男は言った。「おれは平気だったと思わねえか、坊や?」
「ああ、思うさ!」
「やつら、おれにさんざんパンチを浴びせたけどな」小柄な男は言った。「おれを痛めつけることはできなかったのよ」


 ヘミングウェイは同じ本の中で、周囲の忠告をふりきって、なお現役の闘牛士たらんとする中年男を「敗れざる者」で描いているが、この「ファイター」と同系列の短編だと思う。

新潮文庫『われらの時代・男だけの世界』 高見浩訳

    23:35 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

重松清『トワイライト』

 二一世紀にはいって、小学六年生当時の同級生だった人々が集まる。卒業時に校庭に埋めたタイムカプセルを開封するためだった。六〇年代初めの生まれの彼らは四〇歳を目前にしているが、はやくも人生の盛りを過ぎてしまったような自覚を抱いている。リストラされたり、離婚寸前だったりと……。まさに「トワイライト」だ。小学生当時の「バラ色の未来」、つまり脚光を浴びた彼らの住まいだった「たまがわニュータウン」や一九七〇年の万博で象徴される未来は何処へ行ったのか。そんな彼らが、長いブランクを越えてあらたに交際をはじめるのだが。

 私が印象に残ったのは、安西徹夫と真理子の夫婦。彼らだけが当時の同級生仲間だ。徹夫は小学生の時は体格も立派で、スポーツも勉強もできて、いじめられっ子を助けたこともあるヒーローだった。そこを見込んで真理子は彼を結婚相手に選んだのだが、期待に反していた。徹夫は転職をくり返す。独立を目指して起業したこともあったが、真理子の親の金を食いつぶしただけで破綻し、さらに転職を重ねる、という具合だ。夫婦喧嘩が絶えず、真理子は何回も暴力をふるわれる。彼女が元同級生の高橋に愚痴る。

……負けず嫌いって、二種類あると思うの、わたし。負けるのが嫌だから、その場所で必死にがんばるひとと、負けるのが嫌だから、そこから逃げちゃって自分の勝てそうな場所を探すひとの二種類。

 真理子は徹夫が後者の部類の人間だという。「小学生のころはたまたま負けるような場所にいなかった、それだけのことなのよ。」とも。彼女の夫に対するこの分析は当たっているのかもしれない。「正しい」のかもしれない。だが私は、冷然とした評論家的態度が気になる。こんな奥さんに傍にいられたら堪らないだろうなあ、と思わずにはいられない。たぶん、真理子は夫を前にしても、こんなことを思わず言ってしまうのだろう。言わないまでも、そんな空気を発散させてしまうのだろう。だが「正しい」ことでもずけずけとは、言ってほしくないものだ、夫としては。職業がうまく行かないのは面白くないに決まっているが、それは当然、夫自身も自覚するところだろう。それにくわえて、こんな空気をつくられると参ってしまって、二重苦になってしまう。「正しさ」には真理子という女性の誇りさえも入り混じっているのかもしれない。真理子自身も、その言動が夫にプレッシャーをかける結果になってしまっていることくらいは、わかっている。だが、この女性の性分としてやめられない。夫の徹夫もまた、そんな妻に強引に対抗心を燃やすのか、「一発逆転」をねらって高い歩合性の付いた営業職を転々とする。現在の職場が悪徳リフォーム業者とは、出来過ぎているが。
 
 次の言葉はどうだろうか。

「ウチがもうだめになりかけた頃、阪神大震災があったじゃない。わたしね、テレビ観ながら思ったの。すっごいたくさんひとが死んで、家も壊れて、家族とか家とかを失って悲しい思いしたひとはたくさんいるけれど、ひょっとしたら、地震のおかげで、もう一回我が家をやり直せたひともいたんじゃないか、って、明日みんなで一家心中しようと思ってたら、地震が来ちゃって、たまたまその家族は生き残って……そうしたら、もう一回やり直してみようかって気になるよね。そんな家族って、いたような気がしない?」
 (略)
「まあ……そんなこと言ってると、神戸のひとに怒られちゃうと思うけどね」


 どす黒い、これは。現在の不幸から見ると、直接は関係のない阪神大震災という大きい不幸さえもうらやましく思えてしまう。不幸を別の不幸に置き換えることによる自分や家族の変化を期待する。感傷だが、破綻した夫婦関係からごく自然に生まれてしまう感傷である。不幸を実感した者でないと、出てこない言葉だ。これを聞くのは夫ではない、かつての同級生の高橋。同情してしまうが、同情ではとてもとどきそうにない深淵をのぞいた気がしただろう
                           
 この夫婦がどうなるか、高橋と真理子の関係がどんなものか知りたい方は、読んでください。
                          (文春文庫)










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