恩寵

瓦礫の街を
あたたかい風が撫でる
置き忘れられた額縁のような扉が
かたむいて開かれていて
どうにでもしてくれと開かれていて
佇むわたしを尻目に
燕が矢のようにくぐり抜ける

恩寵とはあっけなくもたらされるもの
しかしもはや使いようがない
錆びた刃
紙切れと化した契約書
わたしの鬼気
わたしのためらい
街をねり歩くドラム缶
過去は正直に過去となった

なつかしい興奮の風情
あたたかい風が撫でて
ヤナギの木がゆれる身振り手振り
今からやりなおそうとでも言うのか
《言霊》の繭がぶらさがる
見上げるに値する肉塊
実にあかあかと燃えている
お礼くらいは言わなくてはならない
首吊り用の紐も用意されているが

語れないことは
依然として語れない
おびただしく流された血は忘れても
語れないことの外枠がのこる
わたしは近辺の地をスコップでいじくっていた
どっちつかずに
繰りかえした日々
繰りかえすことの芝居

自堕落な街を
あたたかい風が撫でる
置き忘れられた額縁のような鏡が
かたむいて反射していて
どうにでもしてくれと闇を呑み込んでいて
佇むわたしを尻目に
燕が矢のようにくぐり抜ける
アオムシの《言霊》を咥えて
23:32 | 自作詩 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

万城目学『鴨川ホルモー』

鴨川ホルモー鴨川ホルモー
(2006/04)
万城目 学

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  読むべき人が読めばおもしろいのかもしれないが、私には合わなかった。学園青春ものというジャンルに括れそうだが、そこにSF的、落語的要素が多く加味されている。恋愛や友情、団結を描いた部分はテレビドラマなどで昔何回も見せられたようで、格別の変化はないが、受け入れやすかった。つまりこの部分はオーソドックスで好感がもてたのだが、サークル活動の部分が私が古い人間からなのか、どうもついていけない。ここだけがSF的・・・な作りになっている。一般の人には影姿がまったく見えない「オニ」を大学対抗の形式で「鬼語」を発して戦わせるという話だ。自分たちにだけわかる世界、そう信じてしまえる世界というものが、学生のすべてとは言わないが学生時代にはあって、狂喜乱舞するのはわかる。それが社会的に役立つようには還元されることがなく、また勉学の向上にもつながらない。それでもそういうサークル活動が学生生活の思い出となり、精一杯活動することが個人を成長させ、未来への見えない糧となる、ということもわかるつもりだ。だがサークル活動の内容そのものが、読んでいてそれほど興味を引かれるものではなかった。

  京都大学の新入生安部は「京大青竜会」なる正体不明のサークルから勧誘を受ける。いぶかしい思いを抱きつつも入会してしまったのは、きれいな鼻をした女子学生がそこにはいっていたからだ。飲み会やドライブなどで行動をともにして、それは楽しい気分もあるが、サークルのリーダーはなかなか「青竜会」の正体を明かさない。安部は落ち着かないが、七月になってようやくその一端を知らされる。祇園祭宵山の七月十六日、四条烏丸交差点に先輩のサークルメンバーらしき京大生が十人ほど並んで入ってくる。そろいの青色の浴衣姿で。ほかにもちがう方角から白、黒、赤も浴衣を着た学生が進んできて合流する。喧嘩ではなく、そういう形式の会合だ。京大以外の大学は立命館大、京都産業大、竜谷大。やがて冬がくると「青竜会」の一回生はリーダーに引率されて吉田神社に参る。リーダーがメンバーから集めた一円玉を賽銭箱に投げ入れて、なにやら「伝統」にしたがって丁重な口上を奉げる。それからが学生らしいはちゃめちゃぶりが発揮される。六十年代の古くさいCMソングを合唱しながら裸踊りを全員が繰りひろげる。すると、身長二十センチほどの「オニ」が、彼らの前に大挙出現する。他の大学もゆかりの社寺で同じようなことをして「オニ」を呼び出す・題名の「ホルモー」とはこのオニどうしの戦いのことで「ホルモオオオォォォーッッ」と長く伸ばして大声で叫ぶのは敗北宣言に当たる。若い人が読めばくすぐられるような面白さを実感するのだろうか。

  若い人にとっては、はじめて接するものはすべて新しい。たとえ社会的に古くささが認知されたものであってもだ。恋愛もまた大学生ともなればいよいよ本格化するのだろう。我慢をかさねて思いをうち明けずにいたり、逆にすべて正直に告白してしまったりと、これもまた当人にとっては新しい。マニュアルなんてない。子供時代からそれまでに形成された「性格」そのままに通過するか、それとも殻を打ち破るか、当人が決めるしかない。あらためて思った次第だ。

01:03 | 小説 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

招く部屋

あなたがたはすでに居て三人並んで佇んでいた 雑談でもしていたのかぼくが入っていったとき少し驚いたようにふりむいたが もっと驚いたのはぼくのほうだ そこはぼくの部屋だったはずである そこであなたがたと会う約束をしたのだったか ぼくはすっかり忘れてしまっていたが 少なくとも出入り自由をだれかれにたいしても喧伝していたので 約束がなくても ドアを開けることはあなたがた三人の自由であると ぼくは認めないわけにはいかなかった

ぼくはわざわざ好き好んで潜泳をして岸辺にたどりつくように部屋に着いた 買い物の用事でもあったのか 時間に追われながらメモを片手に矢継ぎ早にそれを済ませてきたのか それとも愚鈍の海にやすやすとたぶらかされてあちこちで油を売っていたのか 得意満面になって多くの人々と 太陽や月や刀に関して話しこんでいたのか それはそれで楽しくもあったのか ともかくも 息を切らしながら浜辺をのぼっていくと黒々とした三本のまだ幼い松の木があり その曇った色彩に団欒や睡眠をごくあたりまえに求めるように誘われて近づいていくと いきなり松の木が肉の幕を風にふくらませた それがあなたがただった 少し驚いたようにふりむいたが もっと驚いたのはぼくのほうだった


ぼくはぼく自身を忘れかけていた
それでいいと思って
またはなかば投げやりに
「大いなる幻影」を生かすためにという理由で
ぼくはぼく自身を忘れかけていた
そんななかであなたがた三人は
ぼくという存在をはっきりと認めた
まるで飴玉を舌で転がすように余裕たっぷりに
ぼくの姿に集中してから
当のぼくに見られることに気づいて
ぼくの瞳の奥に刻みこまれることをおそれて
尻尾を収納するようにあわてて引っ込めた
それにしても
誘われるようにあなたがた三人は 
ぼくという人間にごく当たり前に興味を持って
ぼくに見入ったのではないか
尻尾をひっこめたときのバツの悪そうな表情を
ぼくは見逃さなかった。

あなたがたにとって
ぼくはどういう人間に映ったのだろうか
ぼくにとってはぼくという人間には
固有の意味などあろうはずもなかった
真新しい材木に鑿を打ちこんで青空に響かせるように
愚直そのものの力瘤で
笑い放つことも可能と驕りたかぶりたかったのだが
あなたがたはいともやすやすと
ぼくという個の人間の意味づけを
瞬時の観察ののちにやってのけたかにみえた
ぼくのぼく自身にたいする意味づけとは
まったく別個の時間のなかでやってのけた
「大いなる幻影」などあなたがたははじめから持たなかったから
「大いなる幻影」を参考にすることもなく
ただ眼の前に生起するぼくという人間を見て
あなたがたの時間のなかでごく当たり前に判断したのだ
あなたがたの時間とそのなかのぼくが
ぼくになんの断りもなく形成されて
鋭くもやさしい山のように見えて
ぼくは無性に腹立たしかった
しかもその腹立たしさと嫉妬は
ぼくのぼく自身にたいする予想を超えるほど
蹂躙するほどはげしいものだった
そのはげしさはたじろぐに値する規模だったが
たじろぐ暇もなく
あなたがた三人への
いわれのない憎悪に連続的・膨張的に転化した
まるであなたがたの瞬時に対抗するかのような瞬時
ぼくのなかに眠っていた動物が露出したのだ
ぼくはそれまで知らないぼくになっていた


あなた方三人のなかで形成されたであろうぼくの像に ぼくは興味をことさらもたないし知ろうとも思わなかったとそのときは思ったのだが 実際知らなかったのだが あなたがたのなかのぼくの像に ぼく自身が生涯出会うことができないことの寂しさと僻み根性がつのったことは否定できはしない 否定し消滅させたつもりだったが 感覚はのこり痕跡のようにひきずっっていた あなたがたのなかのぼくに出会えないということは、ぼくがあなたがた自身にも出会えないということをも意味していた ぼくはそういうぼくのぐらつきやいくつかの意外な反応を認めたくはなかった ただただぼくはぼくという人間を 以前からの連続性にしたがって後生大事にしたかった なかば惰性にしたがって 出たとこ勝負の思い上がりときには武器として 後生大事にしたいという思いを何層倍もつのらせた 選択の余地はなかった 言葉はなかった 「大いなる幻影」から吐き出される言葉とその受容体としてのぼくが ぼくにとっての言葉の領域のすべてであり、それ以外の領域で ぼくは感情と汗をやくざっぽく膨らましていたのだ

憎悪は咽喉から逆流した ぼくはそれまで知らないぼくになっていた そしてそういう変貌した二番目のぼくをまたしてもあなたがた三人は視認した ぼくはぼく自身を隠匿することができないままに  あなたがたへの憎悪に支配された一瞬を体感したので あなたがたを視界の中央に据えて三白眼で憎悪の矢を放出しかかったので まさにあなたがたはそのときのぼくを脳内に刻み込んだ そのときにかぎってはぼくとあなたがたとのぼくにたいする像は見事に一致する ああ そのときの夢! ではない、すこし遅れてからの夢! 憎悪と同量かつ異質のなんらかの感情を抱きながら言葉の矢をあなたがたに向かって昂然として放つぼくがいたなら! 正直に言おう 「大いなる幻影」はそんなどんづまりのさなかに言葉そのものとしてではなく ぼんやりした啓示の類をぼくにかすかに落としたのだ 羽毛の何枚かがひらひら降ってきた ぼくはぼくを破壊しなければならない そんな思いがしきりにぼくのなかを行き来した 「言葉」は言葉という仮象であった 言葉かそれ以外のものによってかはわからないが‥‥。あなたがた三人は今も偉大な山として壁としてぼくの前に立ちはだかる
22:19 | 自作詩 | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑