大洋ボート

 本と映画の感想文。詩作も。

筒井清忠『戦前日本のポピュリズム』(1)

  ポピュリズムとは何か。著者筒井清忠によると、政治家が広範な大衆的人気に依拠して自らの政治的目標を達成しようとする行動を指す。そのさい前提となることとして国民世論は必ずしも「正しい」とはいえないということだ。ときとして国民は一時的な悲憤慷慨に駆られ、自分たちを客観視することを忘れる。長期的・概略的な政治的見通しをおろそかにして自分たちの主張を暴力に訴えてまでも押し通そうとする。もっともこうした大衆の行動には共感できなくもない部分もある。プロのイデオローグがその核に紛れこんでいることもあるが、それを指摘したいのではなく、政治家の約束反古とみられる政治決定にたいする反発が大衆的に生まれて沸騰することがあるのだ。こういう事態にたいして政治家(とくに与党・権力者)はどう対処すべきか。あくまでも政治的展望のプロとして、国力や経済力にもとづいて政治方針を決定しなければならない。つまりそれによって大衆を失望させ、「不人気」を招来せしめることがあっても怯んではならないのだ。
  筒井は、小泉純一郎元首相や小池百合子現東京都都知事の人気をポピュリズム現象ととらえ、同じような現象は戦前期から既に存在していたといい、それに焦点をしぼった書がこれまで現代史専門家の立場から公にされなかったことが本書の執筆動機という。広範な政治的大衆の登場とそれに依拠する政治家、またポピュリズムを煽って「世論」を誘導する新聞などのマス・メディアの論調などに目配りがなされている。また筒井も当然のように記述するが、わたしが特にひっかかってきたのは、戦前期全般にわたっての天皇・天皇制の年代がすすめばすすむほどのより一層の神格化、政治利用化である。これは天皇や天皇周辺から沸き起こった動きではなく、外側の政治家、軍部、新聞、大衆世論などが担い手となって加速化された動きである。
  政治的大衆が表舞台に登場した最初の事件が「日比谷焼き討ち事件」とされる。一九〇五年(明治三十八)九月五日、某団体が日露戦争終結後の講和条約(ポーツマス条約)に反対する国民大会を日比谷公園で開催しようとした。当時は十万とも二十万ともいわれた戦死者を出したにもかかわらず、条約は不満が残るものとなった。当初のロシアへの要求である樺太全土の割譲や賠償金の獲得が実現しなかったからである。新聞論調もほとんどが条約締結に反対であった。警察は集会を禁止し、同公園を警官隊で封鎖する措置をとったが数万の群衆が終結し公園に乱入した。このとき警官隊と群衆とのあいだに乱闘が起る。さらに乱闘は広がりをみせ、二重橋前広場に移動した群衆と警官隊とのあいだでも起こった。国民新聞社(条約に賛成の論を掲載)や内務大臣官邸さらには路面電車、派出所、教会などが襲撃された。七日の夜にも本所警察署が襲撃されたが、この日にようやく事態は沈静化をみるにいたった。<七日までに警察・分署一一か所、派出所二五八か所が破壊・放火された。東京市内の派出所約七割が消失したのである。>筒井のまとめによると<逮捕者約二〇〇〇名、起訴者三〇八名、警備側の負傷者約五〇〇名、群衆の死者一七名、負傷者二〇〇〇~三〇〇〇名の可能性が高いと言えよう。>六〇,七〇年代の学生運動を思い出させるがその規模はより大きく、数日で終息したものの今日からふりかえると驚愕に値する。
  大衆は日露戦継戦を望んだのだろうか。政府は戦力・戦費の払底を知悉していたので条約締結はやむをえなかったのだろうが、暴動に参加した「群衆」にとっては政府決定は理解されなかった。筒井はさらに「群衆動員」が戦勝祝捷会の度重なる開催によって定例化したことが、当事件の背景にあったことも指摘する。一九〇四年二月から翌年六月までに東京において行われた祝捷会は盛況で、動員数は一回ごとに二三〇〇人~二一万二八〇〇人となっている。一九〇四年五月八日の祝捷会では二一人の死者が出ていて、翌年の日比谷焼き討ちは既に用意されていたとみるべきか。(このときの集合場所も同じく日比谷公園である)提灯行列といっても決して平穏裡ではなかったのだ。またこれら祝捷会や各地方開催の政治集会が新聞社・地方新聞社によってこぞって開催されていたことも記しておかなければならない。戦勝を追求・祈願することと戦勝国にふさわしい対価を非妥協的にもとめるべきことを新聞社は率先して主張し、大衆を煽った。
  また、わたしの特に目を引いたのが、事件の前日に集会主催者の一人の河野広中という人が他の人の連署とともに宮内省に提出した上奏文で、筒井の指摘によると二・二六事件(一九三六年)の青年将校による蹶起趣意書にきわめて類似しているという。すなわち天皇の神々しいまでの威光とそれを心底受け入れ一体化をなした国民(兵)の類まれな奮闘によって日露戦は勝利した。にもかかわらず政治指導者はこれら天皇の願いと国民の尽力を全く理解せず、屈辱的な講和条約を締結した。願わくは、天皇自身による直接の統治、御聖断を望むものだ。これは「君側の奸」と呼び捨てた政治担当者を「斬除」して天皇親政の実現を期すという「蹶起趣意書」とまったく同じ発想・姿勢にたつものだろう。河野の上奏文の引用された個所は次のとおり。

謹みて惟(おもんみ)るに征露の戦役はマコト(さんずいへんに旬)に無前の盛挙、曠古[空前]の大業にして其盛功は陛下の御稜威( みいつ)と陸海軍の忠勇精鋭とに是れ由る。……然るに陛下の閣臣及全権委員等深く之を思わず、講和の局面遂に今日あるに至りては、……閣臣全権委員は実に陛下の罪人にして又実に国民の罪人なり……仰ぎ願くは陛下宸衷より聖断し給わんことを

  天皇親政を渇仰するという政治的志向は、ほとんどの軍人、「革新」的イデオローグに共通していたのではないか。ときには政党政治家や新聞社、一般大衆もそれを望んだ。それはアジア太平洋戦争の終結までつづいたようだ。天皇・宮廷は政争に巻き込まれることを怖れて意識的沈黙と無作為をつらぬこうとしたともわたしには見えるが、例外もあった。この例外の印象が強烈であるがゆえに「天皇親政」は夢見られた。もとより、天皇権威のより一層の強化と神格化は時代の進行にしたがって高まり、ときには敵対する政治党派や軍内派閥にも向けられて利用されたのだ。
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宇宙飛行士

  宇宙飛行士が母船の外で作業をしていて命綱が切れて宇宙空間に投げ出されたとする。どうなるのか、いろいろ空想してみる。
  もし母船との通信手段をもちあわせていず、しかも母船が救助に駆けつけてくれなければ、彼は母船からとおざかるばかりで酸素ボンベのなかの酸素が尽きれば死ぬことは必定である。酸素ボンベの量ともし携帯食糧を何日分かもちあわせていればその分だけは生きることができるが、以後は絶体絶命であることは変わりない。彼は錯乱するのだろうか、それとも一時的な錯乱状態から回復して落着きをとりもどすのだろうか。彼になり代わって、わたしがその立場にあるとして空想してみる。やはり死ぬことは怖い。これは逃れられない。地上でやりのこしてきたことがあったならば痛恨の思いも噴き出すであろう。
  だが、とわたしは考えてみる。死が恐ければそれを忘れることはできないか。眠れば忘れることが少なくともその間はできるのだ。眠っている間に死に就くことがあるかもしれず、それを怖れて可能なかぎり眠気をとおざけようとするのだろうか。それほど生の残された一刻一刻が貴重だと思わせられるのだろうか。身体を上下左右からとりかこむ星々の輝きに生の充実の反照を幻想することができるだろうか。空想であるから、わたしがその場にいてどんな心的状態になるのか、実際になってみないとわからないのだが、やはりと言うべきか、わたしは眠ることを志向する。眠りとは忘れることであり、中途で投げ出すことであり、誤魔化すことである。眠りから覚めれば記憶はよみがえり、やりのこしたことがあればまたそれに従事しなければならないのだが、眠りの間に死に至ることができれば幸福だと思いたい。

  だれでも一度は死ぬ。これは避けられない。死の向こうにあるのは「天国」やら「極楽」やらと呼ばれるが、実際のところはわからない。人が動物であった時代においては死体は野原に放置され、獣に食われるかそのまま腐敗にまかされるかしかなかったのかもしれないが、これが死の実相だ。つまり丁重に火葬され、墓に納められたとしても死が死であることは等価なのだから。しかし屍を放置することはあまりにも悲痛であり残酷であるという感情も人のなかにはあるのだ。死の世界が「天国」「極楽」でほんとうにあるのかはわからないが、そう見なすことで不安はいくぶんかは和らぐ。死に「やすらかな眠り」と形容することも同じ意味が含まれるだろう。眠りと死は別個のものだが。

  さらに空想。宇宙飛行士が携行する酸素ボンベやら食糧やらが無限の量と仮定したらどうだろうか。彼は寿命が尽きるまで生きるので、その点については地上の通常の生と変わりがない。だが他人との交信は永続に途絶えたままで、ここは通常の生とは著しくかけはなれている。死ぬまで監獄で暮らす囚人でも看守との言葉のやり取りはあるであろうから、想像を絶する生にちがいない。蛇足まで。
    12:55 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

国民・軍・政治

  戦争や侵略によって領土や経済権益の拡張、一国による他国の属国化等が正当性をもつものとして国際的に容認されていたのは第一次世界大戦までであった。そののち不戦条約の締結や国際連盟が創立されたことによって戦争忌避の方向が、充分な強制力をともなわないながら世界的に形作られた。イギリスやフランスはその潮流の形成に積極的だったと思われるが、日本においては一部の政治家をのぞいては特に軍部はこうした世界的傾向には無頓着だったようだ。一般国民もそうであったように思われる。日清、日露、第一次大戦と連戦連勝だった日本はその間に国力を増大してきので、国民の多くはその歩みを総じて肯定的にとらえたのではないか。つまりは軍部にたいする信頼が底流としてあった。
  国民は軍事の専門家ではない。某国との戦を仮定した場合、勝つのか負けるのか、獲得しうる利益や逆に損耗をこうむる人命や経済がどの程度になるのか、国民にはわからない。国民には専門性はなくまして情報はかぎられている。国民はそれまでの経験を土台としての軍への信頼にもとづいて軍に結集するしかないのだ。だが、軍はこうした場合の国民の「好戦性」を梃にしてはならない。あくまで冷静で客観的な軍事的判断によって和戦を判断しなければならないのだし、それに和戦を決定するのは最終的には政治の最高レベルにおいてなされなければならない。軍は専門的判断を政治に提供するにとどまるべきだ。軍には外交や、国内外における国民・他国民との協調や妥協を推進する専門性はない。逆にいえば、軍の専門性は政治の多くの専門分野のひとつに過ぎない。政治の分業システムのなかの部分に過ぎない。軍はなるほど戦争の準備をしなければならないのは理解できるが、その実行と適用を焦ってはならない。まして自画自賛であっても情緒的であってもならない。
  国民大衆は自力で政治思想を形成することはできない。政府機関や与野党や知識人らが喧伝するいくつもの政治思想から選択し追随することしかできない。沈黙するにしても、法律化されたことには従わざるをえない。あとは法律執行の事前事後においてその可否や結果について議会で議論・検証することが残されているのみだ。それすら行われないとき、つまり複数あるべき政治思想が一つを残して他が絶滅状態に陥れば、雪崩を打って一つの政治方向に国民全般が巻き込まれることになる。ファシズムや独裁の事態が到来する。
    11:57 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

観念と現実

  特定の観念にもとづく実践から離脱した場合、そこにあった高揚感やリズムがなつかしく、さらにそれだけを取りだして引き継ごうとしても不可能だ。なぜなら、たとえ高揚感やリズムのみを目的としたとしても、最初に目的とした観念に付随した高揚感やリズムであるからで、それを後景にしりぞかせたつもりであったとしてもそれを手段や梃としなければ、高揚感やリズムは再現できないからだ。
  つまり、特定の観念は自らの世界観と相反する現実とたたかっているので、その現場における緊張感が付随的に高揚感やリズムをもたらすことになるのだから、現場から離脱するとそれにともなって緊張感も衰退し、消滅する。くだんの観念に疑問を抱いたのか、それとも疲れたのか怯えたのか、離脱の理由はさまざまであろうが、現実にたいしての反抗する姿勢は消滅し、自己意識は衰弱を自覚せざるを得ない。そういう自己を奮い立たせるための嘗ての観念の運動下における高揚感やリズムへの追想なのだが、そこにはくだんの観念を俎上にあげて検討をくわえるという論理作業はまだない。その手前であろう。観念をもって相対した現実と観念から離脱したうえでの周囲の現実は、環境が変わろうとも本質的には同じである。そういう纏わり着くような現実に鬱陶しさをおぼえての高揚感やリズムへの懐かしさが自然に起こってくるのだが。
  またとりわけくだんの観念に虚偽意識がまつわりつく場合は、リズムや高揚感は腰折れたものに堕し、追想や感傷にとどまる。ただ、忘れまいと決意することは必然であり、許される。そこにしか生の充実感が無かったという自覚があるならば、それを追想によって繰り返すのも一興だからだ。さらには観念にたいする再検討においても「充実感」は付随してくる。

  現実世界はどこまでも纏わりついてくる。そこに鬱陶しさを感覚するのは、生来の資質にもよると思われるが、少なくともわたしにとっては運命的なのかもしれない。その鬱陶しさにたいして嘗て携えていた観念運動下の高揚感を持ち出して来て追想することによって慰めとすることも一興であろうが、一時しのぎに過ぎない。高揚感を十全にしようとするならば、別の観念に依拠しその運動下に自己を置いて、現実ときびしく対峙することによってしか実現されえないのだ。だがそれは現実にたいする激しい批判や憎しみが土台としてなければ成立しない。高揚感をふたたび獲得することそれ自体が目的ではないのだ。
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